3月11日 東日本大震災から9年 ”犠牲者を悼み 心の復興を祈る”

DSC_0308.JPG津波の犠牲者190人の名前が刻まれた慰霊穂の立つ仙台市の荒浜海岸。地震が発生した午後2時46分、300人近い人々が海に向かって手を合わせ祈りを捧げた。プロのバスケットボールチーム「89ers(エイテイナイナーズ)」の団員の姿もあった。被災地の自治体が毎年開いてきた慰霊祭は、新型コロナウイルスの感染が拡がるなか、今日は中止や規模縮小となった。
この日、人々は思い思いの場所で震災から9年目の祈りを捧げた。
実はわたくしも昨年までは、この時間は仙台市内のホールで黙とうに続いて「祈りのコンサート」の演奏を始めていた。
宮城、岩手を中心とした150人の合唱団と、50人のオーケストラがモーツアルトの「レクイエム 死者のためのミサ曲」を演奏するものだ。私はオーケストラのコンサートマスターを務めている。”震災を忘れない、忘れさせない”をモットーに2014年から続けてきた。今年は7回目。プログラムも刷り上がったばかりだった。
当初は来場者にマスクを無料配布して実施しようと検討した。しかし、感染リスクは残る。中止を決めた。開催の経費はすべて企業や市民のご芳志でまかない入場は無料としてきた。苦渋の決断だった。私たちは10回を目標にコンサートを続けることにしている。特段の事情がなければ来年から再チャレンジである。

荒浜海岸では市民団体が用意した600個の風船を飛ばして、犠牲者を追悼した。
DSC_0313.JPG9年前のあの日、天に昇っていった人々に届けという願いを込めた色とりどりの風船。強い季節風にのって海上高く舞い上っていった。朝のうち高かった気温も次第に冷え込んできた。
そういえば、あの日は時折小雪が舞い寒かったと思い起こす。私は仙台市郊外の自宅にいた。冷え込んだ鉛色の空にサイレンの音があちこちで響いていた。

夕暮れの迫る午後5時すぎ、福島県境の山元町の花釜地区(はながま)にある「みんなの図書館」の敷地では、並べられた竹灯ろうに火が点された。
DSC_0341.JPG震災の翌年から住民たちが続けている「追悼の夜」だ。今年は竹筒にろうそくを仕込んだ竹灯ろう500個と、竹筒に取り付けた紙に絵やメッセージを書き入れた絵灯ろう400個が集まった。「天に届きますように」という灯ろうは亡くなった人を悼むものか。バイキンの漫画に「手を洗いましょう」と添えられ今風のものもある。
DSC_0329.JPGDSC_0336.JPG同じ地区内にある普門寺住職の坂野文俊(ぶんしゅん)さんが、読経して犠牲者を慰めた。続いて、青巣稲荷神社(あおすいなり)の藤本和敏宮司も祈りを捧げた。ボランテイア団体の事務局長から転身した方だ。
季節風が吹きすさぶなか、教派を越えた祈りを100人ほどの住民が共にした。
DSC_0334.JPG宮城、岩手、福島の被災地はこれから10年目の歩みを始める。防潮堤の建設をはじめ、高台への集団移転などハードの”復興”事業は確かに進んだ。しかし、大津波という自然の脅威だけでなく、住民の意向を無視した行政の”復興”事業は、住民の間の繋がりを損ないむしろ分断をもたらした。

山元町「みんなの図書館」の菊地慎一郎さんはこう言う。
「慰霊祭などの自治体の行事はともかく、こうした手作りの催しがばらばらになりかけた人々の心を紡ぎ直す」(了)

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