1月12日 仙台市蒲生 ”ふるさとの痕跡を防潮堤に” 住民たちが「銘板を付ける会」

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かつて中野小学校脇にあった「蒲生のお地蔵さん」が七北田川沿いに移設されていた。海の安全や豊漁を願い、前と同じように東側、海の方向を向いているが、すぐそばに高さ7,2メートルの防潮堤(行政上の用語は河川堤防)がそそり立ち、海はおろか七北田川の川面も見えない。
蒲生地区は2022年度の完成を目標に、工場用地へ作り変える区画整理事業が進められており、連日大型重機がうなり声をあげる。震災前に1500世帯余が住んでいたが、住み続ける住民は内陸に近い地区に10世帯たらず。人の気配のない更地が日々生み出され、かつてあった暮らしの痕跡が消えていこうとしている。

蒲生にはどんな暮らしや歴史があったのか、後世に何とか残せないか。住民たちの話し合いのなかでこんな声がが強くなった。
この日、旧住民たちが「蒲生の河川堤防(防潮堤)に銘板をつける会」を結成した。
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写真;「銘板をつける会」の結成総会。
会合では、蒲生に思いをを寄せる多くの方の参加を求めるため、和田地区の旧住民で「蒲生復興委員会」の委員長を務めていた高橋実さんや、「仙台の高校生で考える防潮堤の会」の元メンバーで大学生の名取佑さんなど5人を世話人に選んだ。「蒲生のまちづくりを考える会」代表の笹谷由夫さんが代表世話人となった。

計画では、この付近にかつて何があったかを示す40センチ×60センチ程度の金属の銘板を、防潮堤ののり面に取り付ける。銘板を蒲生の昔を知るよすがとし、多くのひとたちが集い、楽しむことのできるまちづくりをしようというものだ。
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写真上:銘板取り付け候補地の一つ「和田新田入り口」付近。下;日本一低い山・日和山、防潮堤の外側となる。
住民たちの計画では「町蒲生入り口」や、「高砂神社」、「貞山堀北閘門跡」など少なくとも10数か所に銘板をつけたいという。
場所を示すだけなら立て看板でいいのではとの声もあったという。しかし、恒久的なものとして銘板が適切だ。何より蒲生の景色を一変させたのは高い防潮堤。そのコンクリートの構造物に暮らしの痕跡を残すことに意味がある。こんな意見が大勢を占めた。

これまで住民たちが、防潮堤を担当する宮城県土木部と話し合ったところ、
〇工事を行った業者が、竣工を記念して銘板を取り付ける例は少なくない。費用は業者負担。
〇銘板をつける、「河川敷地の占用」(行政用語ではこう言う)は原則として国または公共団体に限られる。
〇住民の生活のため必要な場合は例外的に認められるが、今回は該当しない。
取り付けについては仙台市と相談してはどうか。
「門前払い」ではなかったが、行政事務上では要望に応えられないとの回答だったという。

住民たちがメーカーに問い合わせたところ、銘板の制作原価は1枚8~10万円。10数枚となると、費用は決して安くない。
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「銘板をつける会」では行政との話し合いや、工事を担当する業者への協力要請などを行っていくことにしている。
代表世話人の笹谷由夫さんはこう話す。
「震災から7年10か月、蒲生に昔の面影はない。たまに足を運ぶ旧住民ですら、ここに何があったのか思い起こすのは難しい。ここには豊かな暮らしと歴史があったことを未来の世代に何としても伝えたい」(了)

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