8月6日 仙台平和七夕始まる 若い世代が受け継ぐ「核廃絶の願い」

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3000本余りの豪華な吹き流しが街を彩る仙台七夕。アーケード街の一角に「ノーモアヒロシマ」、「ノーモアナガサキ」の短冊をつけた5本の吹き流しが揺れていた。全国から寄せられた折り鶴で作られた。市民団体が続けている、核廃絶と平和の想いを多くの人々に伝える「仙台平和七夕」だ。
1976年、仙台YMCAの勉強会のメンバーが七夕飾りを作ったのが活動のスタート。当初はメンバーたちの手作りだった。次第に共感の輪が拡がり全国の学校や、キリスト教会などから折り鶴が寄せられるようになった。

43回目の今年は110万羽の折り鶴が集まった。折り鶴をつなぎ合わせ吹き流し5本と、9500本のレイを作った。高校生やYMCAの会員などが参加し、七夕見物の観光客にレイを配る活動が始まった。
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写真上;核廃絶を訴えるレイを配る高校生たち。下;折り鶴の折り方を教える即席の教室も。
レイを首にかけてもらった親子連れ。「これは戦争は絶対してはいけないということだね」。子どもに説明する声が聞こえる。
私もレイ配りに加わった。「お久しぶりです」。老夫婦から声をかけられた。震災で大きな被害を受けた荒浜地区の取材で何回かお目にかかったお二人だった。災害公営住宅を出て、いまは老健施設に住んでいるという。73年前の惨禍だけでなく、この地には忘れてはならない、伝えるべき7年前の災害もあるのだと改めて思い知らされる。

この日の朝行われた広島の平和記念式典で、松井一実市長は「(去年採択された)核兵器禁止条約を、核のない世界への一里塚とするための取り組みを」と述べ、条約に背を向け続ける日本政府の姿勢を批判した。
しかし、安倍首相は条約に触れることはなかった。
73年前の被爆という冷厳な歴史から目を背けようとするこの人物。テレビに映し出されたこの人物の視線は宙を泳いでいた。
そういえば、西日本各地で人々が豪雨被害に見舞われていたとき、この人物は酒宴の席にいた。

レイ配りには仙台市の尚絅学院高校をはじめ、東京の明治学院東村山高校、会津若松市の会津北嶺高校などから30人余りが参加した。活動の主役は高校生たちだった。
東村山高校出身で東北大学1年の小山優奈さんは、今回初めて後輩たちと活動に参加した。
「皆さんレイを喜んで受け取ってくれた。核廃絶の想いを少しでも伝えられたのかなと思う」。小山さんはこう話した。
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日本キリスト教団仙台北教会の会員で、市民団体の代表を務める油谷重雄さん(75)は、戦争を知らない若い世代に、核廃絶の願いが受け継がれているのが心強いと話す。
「仙台七夕を見に来てこの活動を知った横浜市の高校生が、生徒会に働きかけて作った3500羽の折り鶴を寄せてくれるという拡がりもあった。”平和の種まき”をモットーに続けてきた活動が未来を担う世代に拡がりつつある」。
仙台は雨模様で連日続いた猛暑も一休み。テレビに映し出されたこの国の首相と違って、活動を終えた高校生たちの表情はさわやかだった。(了)

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