7月20日 東松島市 廃校の旧野蒜小学校が防災体験施設に 営業を開始

画像
津波で被災した旧野蒜小学校の校舎が、防災体験宿泊施設「KIBOTCHA(キボッチャ)」に衣替えした。自衛隊OBでつくる東京の人材派遣会社の関連会社が運営する。1階がレストランや入浴施設。2階が資料展示室や体験学習スペース、3階が68人が泊まれる宿泊室だ。親子防災キャンプや社員研修を受けいれる。
上の写真のプレイルームは、地震などで傾いた家から逃げる方法や、救助のヘリコプターを待つ高台までたどり着くまでを、子どもたちが遊び感覚で身に着けられるよう工夫されている。

21日の営業開始を前にお披露目のセレモニーが行われた。
画像
画像

野蒜小学校は海岸から1,3キロほどの内陸にあり、指定避難所だった。ところが津波は校舎の1階まで押し寄せ、体育館に避難していた10数人が亡くなった。学校は移転し仮校舎で授業を続けていたが、一昨年4月に閉校し宮戸小学校と統合して宮野森小学校に生まれ変わった。
東松島市では校舎の貸付先を公募したところ2件の応募があり、審査の結果この防災体験施設に決まった。2017年5月から10年間、校舎と敷地を無償で貸し付ける。

施設では参加者に実際に動いてもらうことを重視する。研修初日には早朝まだ寝ている時間に避難訓練を行い、歩いて5分ほどの高台の避難所まで行くという。学習スペースではロープの結び方や、応急担架の作り方、何もないところでの火のおこし方などを学ぶ。
さらに、地元の被災体験を重視するのも特色の一つだ。
研修では津波防災の3か条として次の項目を伝えるという。「稲むらの火・津波てんでんこ・佐藤山」の3つだ。

佐藤山とは旧野蒜駅近くにある、タクシー会社会長の佐藤義文さん(84)が自力で作った手作りの避難所のことだ。自宅の裏にある高さ30メートルほどの小高い山に、近所の住民が登れるよう階段をつけ、「災害避難所」の看板も立てた。山の上には小屋とあずま屋を作った。柱などの資材は自分で担いで運んだ。
3月11日、70人の住民が佐藤山に逃げ込んで助かった。地道な努力が認められ、震災の翌年日本財団の関連団体から「社会貢献賞」を受賞した。
画像

画像
写真上;佐藤義文さん、後ろが佐藤山(2014年4月撮影)。下:KIBOTCHA教官の小暮文夫さん(68)。
研修生たちには実際に佐藤山に足を運んでもらうほか、佐藤さんが語り部活動をすることもある。
地元の主婦、松浦奈々子さん(60)は週3回スタッフとして展示資料の説明などにあたる。松浦さんは車で避難する途中で、車ごと東名運河に流され奇跡的に助かったという体験をもつ。時折語り部に立つという。

教官の一人、小暮文夫さん(68)は元陸上自衛隊員。ヘリコプター部隊の勤務が長く災害救助にも当たっていた。小暮さんはこう話す。
「研修者には実際に体を動かすことで、災害から自らを守る力をつけてもらいたい。また、被災地でも大震災を知らない世代が増えているなかで、地元の被災体験を語り継いでいくことも大切にしていきたい」。(了)
*問い合わせは「KIBOTCHA」:0225-25-7319(東松島市野蒜字亀岡80)

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 9

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
面白い 面白い
ナイス ナイス ナイス
ガッツ(がんばれ!) ガッツ(がんばれ!)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック