8月27日 石巻市雄勝  廃墟のまちに”オアシス”を まちの灯を消すな!~こだわりのそば屋開店へ

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石巻市雄勝の中心部。先ごろ市が公表した住民の意向調査では、8割以上の住民が戻らない。多くの住民が河北地区や、石巻市の市街地に住みたいと考えている。行政が進めている高台への移転事業に住民たちは「ノー」と
答えた。このままでは、数百年の歴史を刻んできたまちがなくなる。
津波で破壊された公民館や、小中学校などが無残なすがたをさらす廃墟のまち。その一角で木材を切る建設音が響いていた。太い丸太で柱や梁を組んだ山小屋風の建物だ。平屋だが、長い丸太の柱が立ち上がっている分、天井は高い。U字型に雄勝湾を取り囲む旧市街地のうち、南側の船戸(ふなと)地区。12メートルほどの小高い場所にあり、雄勝湾を見渡せる。
建築主は、このまちでそば屋を営んでいた千葉正人(まさと)さん(60)。店を再開する。屋根や床を出来上がり、工事は7割程度進んだ。来月(9月)20日の開店を目指している。店名は震災前と同じ「寺畑」(てらっぱだけ)と決めている。
不思議な名前だ。かつてこの地区は名刹、天雄寺の領地だった。つまり寺畑と呼ばれていた。これを、方言で読むと「てらっぱだげ」という訳だ。食材はできるだけ地元産のものを使う。地産地消を心がけたい。店名にはふるさとへの愛着の想いがこめられている。
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写真は自ら工具を振るう千葉さん。愛犬の太郎(9か月・オス)。
震災前、千葉さんはここから100メートルほどの所でそば店を経営していた。石巻地区広域行政組合の消防職員だった千葉さん。定年まで5年を残して脱サラし、開業したこだわりの手打ちそば店だった。今建てている場所は自宅跡だ。
3月11日、このまちを20メートル近い津波が襲った。自宅、店ともに流された。自宅は海岸沿いにあったのを、昭和8年の昭和三陸津波のあと、先祖が12メートルの高台に移転したものだった。それも、大津波の脅威の前に無力だった。自宅にいた88歳の母親が犠牲になった。5日後に遺体で見つかった。

建築現場を訪れると、シバ犬の太郎がしっぽを振って出迎えてくれた。雄勝の中心部でただ一頭の飼い犬だと、千葉さんは言う。この地区には震災前、600世帯、1、700人が住んでいた。今は住む人は数えるほどだからだ。千葉さん自身は数か月前からここに住んでいる。時折シカやキツネが姿を現すという。皮肉なことに、震災を機会に雄勝の自然の豊かさを再認識した。

石巻市は浸水した地域には将来居住させない方針だが、建築制限は去年の11月にいったん解除された。千葉さんは、3月から基礎工事に着手した。工事は仙台市に住む知り合いの土木建築技師、勝又幸美(さちみ)さん(65)や、ボランテイアの方々の手を借りながら独力で進めてきた。
柱などの丸太は津波をかぶって枯れかかっていた、裏山の杉の木を切り倒して使った。枝を払って、皮をはぐと立派な建材になる。杉の皮は屋根を葺くのに使う。残るのは厨房や、客席など。手造りのそば屋「てらっぱだげ」は着々と完成に近づいている。
しかし、戻ってくる住民がほとんどいないのだから、採算は?こう尋ねた。
採算は初めから考えていない。開店してまちの賑わいが少しでも戻れば、住民の方々も帰ってくるのでは、とも期待するがまず難しい。雄勝へ来た人々が立ち寄れる場所。オアシスになればいいと思っている。千葉さんはこう答えた。
石巻市は雄勝の中心部の住民を、内陸の移転候補地4か所に、移転させたいとしている。希望者が少ないのに加え、移転先の造成が終わるのは早くて2年先だ。候補地の内1か所は、中心部から2,5キロも離れた山間部だ。

巨額の予算を投じて、結局は限界集落をつくるだけだ。千葉さんは、行政の進める集団移転事業を手厳しく批判する。二方向避難の経路を確保するなど、減災対策を尽くせばこの地域でも十分安全を確保して住み続けられるはずだ。消防職員の経験に基づいた、千葉さんの考えはうなづける。
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千葉さんの店からおよそ100メートル南、同じ船戸地区で営業を続ける伝統工芸、雄勝硯の工人遠藤弘行さん
(58)。去年の6月からプレハブつくりの作業場、兼店舗で営業を続けている。まちの賑わいを何とか取り戻そうと奮闘する一人だ。
記念品にしたいという会社などからの注文生産のほか、被災地支援などで各地から来た人が営業中の旗を見て立ち寄るという。できれば、この地でずっと営業を続けたいが、果たして雄勝の観光が将来再生できるのかどうか不安が残るという。
しかし、この船戸地区で残った住宅を補修するなど、住み続けるという住民が現時点で9世帯を数えるという。廃墟のまちに生活の匂いがわずかずつだが戻ろうとしている。
まちの灯を消すな! 遠藤さん、千葉さんをはじめとした住民たちの苦闘は続く。(了)

この記事へのコメント

群青
2012年08月31日 16:47
初めて見まして初めてコメント致します。
石巻の雄勝地区は「戻らない」が大半だとあり、驚いております。果たして、その割合の元になったアンケートは、具体の将来像を添付して戻る戻らないの意思を聞いたものなのでしょうか。
私もとある市の復興事業計画の立案に携わった者ですが、やはり5割弱が戻らずに他所に移転してしまいたいということでした。
防災集団移転促進事業は、住まいだけを高台の住宅団地に移すというもので、働く場、機会がどうなるか全く示されない(後回し?)ので、被災者には生計の見通しも立たないのだろうと思うのですが・・。

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