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zoom RSS 5月7日 仙台市荒浜 ”再生の旗掲げ7年” 住民団体が解散・再出発へ

<<   作成日時 : 2018/05/08 14:16   >>

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仙台市荒浜の元住民たちでつくる「荒浜再生を願う会」が、来月・6月末で解散することになった。この日、開かれた定例会で決まった。会合には会員や支援を続けるメンバーなど10人が出席し、貴田喜一代表(72)が解散に踏み切る理由を次のように説明した。
「会を結成してから7年、多くの方々の支援もありよくやってこれたと思う。当初は現地再建を、その後は賑わいを取り戻すことを目標として活動してきた。しかし、荒浜地区の元住民たちに活動の輪が拡がらず、会のメンバーも少なくなる一方だ。活動の柱である「語り部」は震災遺構の旧荒浜小学校で行われている。また、賑わいを取り戻す活動も、行政が跡地の利活用事業で取り組み始めている。この際、会は解散して今後は活動する個々人がお互いに協力できるところは手をつないでやっていきたい」。

この提案に異論はなく、6月30日で「荒浜再生を願う会」の看板を下ろし、最終日には解散のセレモニーを行うことになった。
解散時期が6月としたのは、助成を受けているJT=日本たばこ産業株式会社の復興支援事業の期間に合わせたものだ。
また、活動拠点となってきた「里海荒浜ロッジ」については、当面自由に利用してもらいたいとの意向を明らかにした。「放火で全焼したロッジを建て直すにあたって、多くの方々の支援を受けた。そのお礼という意味もある」。貴田さんはこう説明した。
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「荒浜再生を願う会」は震災の半年後、2011年10月に現地再建を求める住民たちが結成した。メンバーたちは、仙台市が荒浜一帯を災害危険区域に指定したことに反対し、集団移転事業の見直しを求めてきた。研究者も巻き込んだ活動は、被災地に生まれた他の住民団体にも力を与える存在だった。しかし、再三にわたる申し入れにも、行政側は一切取り合わなかった。

ふるさと、荒浜に住み続けたいという想いが行政の壁にはね返される中、当初60人を数えた会員も、一人抜け、二人抜けして10人を切るまでに減った。会以外の元住民に共感の輪が拡がらないことに、いら立ちを話すメンバーもいた。被災した住民は多くが自らの暮らしの立て直しに追われたためだと言える。

これに対して、他の地域の住民やボランテイアの間には、年をおって共感の輪が拡がった。被災地住民との交流を続ける「3・11オモイデツアー」や、「WEプロジェクト」それに「海辺の図書館」などの若い世代の人々がそれである。
住民の意向に耳を傾けない行政への疑問に加え、ふるさと再生を目指す住民たちの姿が共感を呼んだ。毎月1回行われる「アラハマ・リボーン」には、毎回50人を越える参加者があり、一日限りとはいえ市営バスの復活運行を実現するまでの盛り上がりも見せた。

この日の第161回の定例会は、7年の歩みを続けた会の解散を決めるというのに沈鬱な空気とは無縁だった。フリートークの時間になると、「海水浴場が再開されたら、海の近くに”避難の丘”を作るべきだ」とか、「粗末な建物でいいから荒浜に戻ってきたい」、といったふるさとを想う声が飛び交った。

「会」の名前はなくなるとしても、ふるさと・荒浜への愛着はうすれることはない。
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この日出席した支援のメンバーも「会」がなくなっても住民たちへの支援を続けるという。
「アラハマ・リボーン」は会がなくなっても、存続させたいとの声が強い。一方、貴田さんは、荒浜で採れた産品を商品化したり、野菜の直売などをこの場所で続けるという。

7年歩み続けた「荒浜再生を願う会」はなくなるが、この地へ愛着を持つ元住民と、共感の輪で繋がる人々の交わりは絶えることなく続くことになりそうだ。(了)

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