アクセスカウンタ

震災日誌 in 仙台  

プロフィール

ブログ名
震災日誌 in 仙台  
ブログ紹介
仙台在住のジャーナリスト、松舘忠樹(元NHK社会部記者)の被災地取材の日誌。2011年3月11日から9月末まで半年間の日誌は、笹氣出版から刊行した左記の本にまとめた。
ブログは10月以降の日誌・取材記である。sakuraは愛犬(柴、4歳)の名前である。
*笹氣出版(仙台市若林区六丁の目西町8−45
        022−288−5555)

help RSS ブログ 新着記事

タイトル 日 時
5月9日〜2  仙台市若林区  塩害の水田に2年ぶりの水〜地域農業の再生これからが正念場
5月9日〜2  仙台市若林区  塩害の水田に2年ぶりの水〜地域農業の再生これからが正念場 仙台市若林区の水田に、久しぶりにトラクターの音が響いていた。水を張った田んぼの代掻きである。 3月11日、仙台市の南部、宮城野区、若林区に拡がる田園地帯を津波が呑み込んだ。イグネと呼ばれる屋敷林が点在し、江戸時代から、仙台米として知られる良質の米を産出してきた。 津波が引いたあとも、水田は塩分濃度が高く1800ヘクタールで米の作付けがストップした。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2012/05/10 16:58
5月9日〜1  東松島市野蒜 社会貢献賞「住民の命救った手作り避難所」に! 奥松島観光再生の途は?
5月9日〜1  東松島市野蒜 社会貢献賞「住民の命救った手作り避難所」に! 奥松島観光再生の途は? 東松島市野蒜(のびる)の佐藤善文さん((78)を再訪した。佐藤さんは所有する小高い丘に、10年余りかけて手作りの津波避難所を作った。3月11日、自治体の指定した避難所に逃げた多くの人々が犠牲になった。ところが、この避難所には住民70人が逃げ込んで助かった。小著「震災日誌in仙台」164〜168頁で紹介した。 震災復興支援を続けている日本財団の兄弟財団、「社会貢献支援財団」が、この隠れた活動に注目した。毎年、多くの団体・個人を表彰している。 佐藤善文さんは、5月1日平成24年度の表彰を授賞... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2012/05/09 22:28
5月5日 名取市閖上 今も津波の匂いの記憶が! 〜語り部の活動始まる
5月5日 名取市閖上   今も津波の匂いの記憶が! 〜語り部の活動始まる 名取市閖上(ゆりあげ)地区に再度足を運んだ。閖上中学校の前に「閖上の記憶」と名付けられたプレハブの建物ができた。NPO法人地球のステージが作った。閖上地区では7300人の住民のうち740人余りが大震災で犠牲となった。豊富な海産物が水揚げされる漁港のある穏やかな地域だった。 平坦な地形で避難できる高台が近くにないことが、被害を大きくした。 建物は津波の被害を多くの人々に知ってもらいたいとの願いから作られた。被害の実情を示す資料が展示されている。被災者が自らの体験を語る、語り部の活動も行うこ... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2012/05/05 22:31
5月4日 南三陸町馬場中山  仮設住宅に憩いの場を〜ガーデン・パビリオーネの建設進む
5月4日 南三陸町馬場中山  仮設住宅に憩いの場を〜ガーデン・パビリオーネの建設進む 南三陸町、馬場中山地区。住民たちの結束で苦境を乗り切ってきた集落だ。結束の中から「未来道、なじょにかなるさプロジェクト」という創意あふれる活動が生まれた。全国からのボランテイアの力が、住民たちの背を押した。 昨日、3日は東北地方では珍しい豪雨に見舞われ作業はストップした。雨も上がり、この日も地区の一角でボンランテイアの声が響いていた。 馬場地区の仮設住宅のかたわらに、あずまや風の憩いの場が建設されていた。発案は「MIT日本3・11イニシアテイブ」。米国ボストンの名門大学、マサチューセッツ... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2012/05/05 12:03
4月29日 Intermezzo(間奏曲)〜仙台市定禅寺通り・一箱古本市
4月29日 Intermezzo(間奏曲)〜仙台市定禅寺通り・一箱古本市 祝日の仙台市は快晴に恵まれた。桜は例年より一週間程度遅く満開に。定禅寺通りのケヤキ並木も薄緑の芽を出し始めた。一箱古本市は本好きが、めいめい蔵書を持ち寄って定禅寺通りのグリーンベルトに店開きするもの。 NPO法人「あったかこころねっと」主催の恒例の行事だ。去年は震災で中止。2年ぶりの開催となった今日は20店がオープンした。 主催者の井上英子さんに誘われ私も初めて出店した。店名はさくら書店。イベントを盛り上げるためのサクラではない。愛犬、柴、4歳、メスの名前。さくらは店長として一日、店番を... ...続きを見る

ガッツ(がんばれ!) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2012/04/30 11:13
4月27日 名取市閖上地区  地域の再生をどう進めるか? 真剣に議論交わす行政と市民
4月27日 名取市閖上地区  地域の再生をどう進めるか? 真剣に議論交わす行政と市民 名取市の「閖上(ゆりあげ)復興100人会議」が開かれた。市が作った復興計画について広く市民の意見を聞こうというものだ。午後7時、会場の名取市文化会館には300人を越える市民が集まった。 閖上地区は豊富な海産物が水揚げされる漁港を中心に発展してきた。震災前には7300人が住んでいたが、高台が近くにない平坦な地形だったこともあり、740人余りが死亡した。 多くの住民が車で避難したが、内陸へ向かう道路が大渋滞となり、被害を拡大したとも指摘されている。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2012/04/30 09:33
4月21日 石巻市雄勝立浜地区  地域の再生は住民の熟議で! 復興部会発足へ
4月21日 石巻市雄勝立浜地区  地域の再生は住民の熟議で! 復興部会発足へ 石巻市雄勝半島の中ほどにある漁村、立浜(たてはま)へ足を運んだ。前日から被災地の調査に訪れている、NPO法人神戸まちづくり研究所のメンバーが住民と意見交換をする。 研究所は阪神淡路大震災の復興に市民の立場から取り組んでいる。日本災害復興学会会長で、関西学院大学の室崎益輝(むろさき よしてる)教授も同行している。 震災前、立浜では46世帯の住民が生活していた。中心はホタテ養殖。半島の反対側にある船越はカキ、その隣の名振は定置網漁が主力だ。三陸の漁村は浜ごとに個性がある。 あの日、立浜地区... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2012/04/23 11:09
4月15日 山形県鶴岡市  三陸の被災地に思いをはせる 山形の人々
4月15日 山形県鶴岡市  三陸の被災地に思いをはせる 山形の人々 古巣のNHK文化センター庄内支社の特別講座「3・11震災から一年」に、講師の一人として出かけた。 仙台から高速バスで2時間半。雲ひとつない快晴に、車窓から見る月山は文字通り白銀に輝いていた。まだ雪が残る山肌のブナの芽が赤みを増している。桜も間もなくだ。 この一年、被災地の光景を見続けてきた眼に、庄内の春の風景はやさしかった。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2012/04/16 11:55
4月13日  住民の訴えに耳を貸さない行政  メデイアは誰の味方?
4月13日  住民の訴えに耳を貸さない行政  メデイアは誰の味方? 仙台市役所の会議室。仙台市が指定した災害危険区域内の住民たちが作る「荒浜の再生を願う会」が、区域指定の具体的な根拠を示すことなどを求めた公開質問状を出した。 願う会は仙台市が一方的に災害危険区域を指定し、集団移転を求めたことに反発している。 様々な防護策を講じた上での、現地での再建を求めて訴え続けている。 この日は仙台市側が質問状に回答する。 仙台市の鈴木三津也(みつや)復興事業監が、会の代表の貴田喜一さんに回答書を手渡した。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2012/04/14 10:43
4月10日 宮城県女川町  街の再生一歩ずつ しかし、いまだ残る生々しい震災の傷跡
4月10日 宮城県女川町  街の再生一歩ずつ しかし、いまだ残る生々しい震災の傷跡 女川町に足を運んだ。1月中旬以来3か月ぶりとなる。中心部に足を踏み入れると、ぽっかりと広い空き地が目立つ。以前は瓦礫の原と表現してよかった風景が一変していた。 時折雪が舞い落ちる灰色の空が、明るい陽光が降り注ぐ季節に移ったことが、こうも印象を変えたのだろうか。 いやそうではない。津波に直撃された姿をさらしていた、公共の建物の多くがすでに取り壊されていた。 次の写真は1月に撮影したもの。左が町役場、右は女川町生涯教育センター。あの日、センターには住民らが避難してきた。職員を含め28人が最... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2012/04/11 18:18
3月30日  石巻市雄勝・その2  瓦礫の中から救出・雄勝硯(すずり)の名品の数々
3月30日  石巻市雄勝・その2  瓦礫の中から救出・雄勝硯(すずり)の名品の数々 石巻市雄勝の硯工人、遠藤弘行さん(59)を再訪した。本ブログ1月6日の項で紹介した。独力で地元名産、雄勝硯の製作を再開した。プレハブの工房の隣に、仮設の店舗が並んでいた。 広さはたたみ6畳ほどもあろうか。今月(3月)初めに作った。室内の棚には20点余りの、硯や雄勝石で作った文鎮、筆立てなどの商品が並ぶ。 小型のレジスターも備えた。ようやく、店らしくなりました、と遠藤さん。 かたわらの別の棚に、10点ほどの硯が並んでいた。被災硯とある。 ...続きを見る

ガッツ(がんばれ!) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 1

2012/04/02 13:46
3月30日 石巻市雄勝・その1 〜 ふるさと雄勝を残そう!街の再生目指し奮闘する若きリーダー
3月30日 石巻市雄勝・その1 〜 ふるさと雄勝を残そう!街の再生目指し奮闘する若きリーダー この日、再び石巻市雄勝に向かった。雄勝の中心部の取材は1月初め以来だ。 石巻市の中心部から雄勝へは、新北上川(追波川・おっぱがわ)の右岸を下り、あの悲劇の舞台となった大川小学校の手前で右に折れる。 峠の釜谷トンネルを抜けると間もなく雄勝だ。国道の三叉路で眼を引く看板が訪れる者を迎える。 雄勝中学校の生徒、PTAが建てた。「全国の皆様ありがとうございます」の文字の下に、「おがつ ふっかつ ぜったい勝つ」とある。”かつ、勝つ”が赤く彩られている。輝きを増した初春の陽光にその赤がまぶしかった... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2012/04/02 12:08
3月28日  仙台市集団移転事業〜一部住民の意向置き去り 行政側の手続きは進む
3月28日  仙台市集団移転事業〜一部住民の意向置き去り 行政側の手続きは進む 仙台市若林区荒浜地区を対象にした、仙台市の防災集団移転促進事業の説明会が開かれた。夜7時、会場にはおよそ300人の住民が集まった。昨年12月に続き2回目のものだ。 仙台市の担当者が、移転する世帯への行政側の支援制度を説明。被災した土地の買い取り価格は、震災前に比べておおむね20%〜25%評価が下がると説明した。そして、小字(こあざ)ごとに地価の目安の一覧表を公表した。 さらに、内陸部の移転候補地の地価なども明らかにした。買い取ってもらう元の土地との価格差は大きい。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 1

2012/03/29 18:43
3月26日  仙台市若林区 荒浜再生を願う会 〜 どんどん進む集団移転の手続き これは心理戦では?
3月26日  仙台市若林区 荒浜再生を願う会 〜 どんどん進む集団移転の手続き これは心理戦では? この日の夜、荒浜再生を願う会の定例会に足を運んだ。仙台市は荒浜を含む、県道10号線から海側の区域を災害危険区域に指定した。住居建築は禁止され、2000世帯に集団移転を促している。 これに異を唱え、荒浜に住み続けることを希望する住民のグループだ。 会場は若林区荒井の仮設住宅団地内にある集会場。主婦を含め10数人の会員が集まった。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2012/03/27 10:36
3月23日 仙台市若林区荒浜  廃墟の原にはためく黄色のハンカチ〜地域の絆を断ち切る行政の罪は深い!
3月23日 仙台市若林区荒浜  廃墟の原にはためく黄色のハンカチ〜地域の絆を断ち切る行政の罪は深い! 仙台市の荒浜地区。家々の土台しか残っていない、廃墟の原のあちこちに黄色のハンカチがはためいている。 3メートルほどの高さのポールから地面に向かって三角形。一辺に10数枚のハンカチがとりつけられ、潮風に揺れている。 眼の届く範囲で10本程度あろうか。 看板には「移転を希望するものも、荒浜に住み続けることを希望するものも、ふるさと荒浜が好きです。 どちらも生きていける道を探しております」とある。 ...続きを見る

驚いた ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2012/03/24 12:30
3月18日 仙台市若林区三本塚 〜まち・農業の再生は住民主導で考える
3月18日 仙台市若林区三本塚 〜まち・農業の再生は住民主導で考える 仙台市若林区三本塚を再訪した。住民の方々が自らの地区と農業の再生を考えるワークショップを開く。第2回六郷東部地区 住まい・まちづくり学習会である。午後2時、会場の六郷市民センターには60人を越える住民が集まっていた。 主催者で「三本塚のあすを考える会」会長の小野吉信さん(50)が、住民自ら行ったアンケート調査の結果を報告した。本ブログ2月25日の項でも一部紹介した。世帯ごとではなく、20歳以上の住民全員に答えてもらった。 今後どこに居住するか、世代によって違いがあった。世帯主、それに後継... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2012/03/19 23:25
3月17日 宮城県山元町  被災者無視の復興方針にもの申す住民たち
3月17日 宮城県山元町  被災者無視の復興方針にもの申す住民たち この日の夜、再び山元町へ向かった。町の復興計画に異を唱える住民たちが、毎週「土曜日の会」を開いてきた。 今日は11回目の会合。会場は津波被害を乗り越え修復なった曹洞宗・普門寺の本堂。18時、およそ10人の住民が集まった。 3月11日、竹灯籠を点灯して行った震災一周年の追悼行事について報告された。(写真はテラセンのHPから) 今回は普門寺と、テラセン、ことお寺災害ボラテイアセンターが中心になって実施した。来年以降は住民が準備段階から参加できるようにしたいとの反省の声も。 このあと、山元... ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 1

2012/03/19 15:30
3月12日 宮城県山元町  お寺にボランテイア・パワー結集  地域の再生に苦闘する住民たち
3月12日 宮城県山元町  お寺にボランテイア・パワー結集  地域の再生に苦闘する住民たち 震災から一年の翌日。二年目の第一日、山元町に向かった。大雪の予報が外れて、曇りながらまずまずの空模様。JR常磐線の山下駅前の橋元商店。当ブログの1月25日の項で紹介した。店に併設された簡易郵便局がこの日、再開局した。 奥さんの橋元裕子さん(51)が窓口を守っていた。「用がなくとも笑顔で立ち寄ってくれるコミュニケーションのとれた簡易郵便局。最悪の状態の中で再開できたことがうれしい」と話す。 午前9時に始業。お昼近かった。チラシで知らせた訳でもないのに、午前中だけで20人近いお客さんがあった... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2012/03/13 00:21
3月11日  震災から一年・老人ホームでミニ・コンサート  犠牲者追悼の想いをともに
3月11日  震災から一年・老人ホームでミニ・コンサート  犠牲者追悼の想いをともに あっという間の一年だった。新聞、テレビはじめメデイアは震災一年特集が目白押し。明日以降、これが潮が引くように消えていくのでは?そうであってはならないのだが。 高台移転の目途もつかない。働き口もまだ。一年も経つというのに、先が見えないという状況は、何も変わっていない。このところ聞く被災者の率直な想いだ。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2012/03/12 18:15
3月7日 石巻市雄勝名振地区〜その2  どっこい生きていた孤立集落 ここにも
3月7日 石巻市雄勝名振地区〜その2  どっこい生きていた孤立集落 ここにも あの3月11日、名振湾に面した名振地区は15メートルを越す津波に襲われた。84戸の住まいのうち、8割を越す69戸が流された。しかし、およそ100人の住民で地区内で亡くなったのは2人だった。海岸沿いの平地のすぐ背後に高台があり、避難が比較的に容易だったためだ。 高台に建てられた地区のコミュニテイセンターが避難所になった。(写真上)船越小学校の名振分校の跡地に建てられた体育館だ。バレーボールの出来る広さのフロアには普段から簡易たたみが敷いてあった。避難所としては好都合だった。 地区内に大きな... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2012/03/12 17:11

続きを見る

トップへ

月別リンク

震災日誌 in 仙台  /BIGLOBEウェブリブログ
[ ]