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zoom RSS 12月3日 相馬市・松川浦  漁業、そして観光 再生への途は遠い

<<   作成日時 : 2016/12/05 18:24   >>

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大学時代の同級生U君たちのグループのボランテイア作業に参加するため、福島県南相馬市小高区に向かった。途中相馬市の松川浦に立ち寄った。松川浦は砂州に囲まれた潟湖(せきこ)。漁港であり、一大観光地でもあった。5年前、東日本大震災から5か月後のこの地を訪ねた。小松島(しょうまつしま)とも呼ばれる潟湖の小さな島々は姿を消し、代わって真ん中あたりに津波で流された住宅が浮かんでいた。港に漁船の影はほとんどなかった。
あれから5年余、整備された岸壁には30隻ほどの漁船が並んでいた。いずれも真新しい。しかし、漁港のあわただしさはなかった。港にいた船員に聞くと、土日は完全休漁。メバルやマコガレイなど漁獲が禁止されている魚種があり、まだ試験操業の延長の状態だという。
水揚げしても放射線量の検査を受けなければならない。風評被害もあって売れないので出漁を制限されている。震災前は底引き漁は週に4回出ていたが、今は2回に制限されている。
係留された漁船の上では、船員たちが漁具などの手入れにあたる姿が見られた。
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写真上;漁具の手入れをする漁船員。下;ここにはかつて「水産物直売センター」があった。
震災前、センターには週末ともなると観光バスが何台も立ち寄り一大観光拠点だった。漁業が本格的に再開されていないため、センター再建のめどもつかない。2年後をめどに、ここから500メートルほど離れた場所に「道の駅」として再開する計画がすすめられているという。

5年前、ただ1か所営業を再開していた旅館があった。「いさみや」である。
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健在だった。当時、松川浦周辺にある20軒ほどある旅館・ホテルのうち「いさみや」はボランテイアの手を借りて、流れ込んだ泥などをかき出しいち早く営業再開にこぎつけた。経営者の菅野尚(たかし)さん(64)もお元気だった。
これまで5年間は、復旧工事や除染にあたる作業員が主な宿泊客だった。他の旅館・ホテルも事情は同じだという。しかし、来年以降のことになると菅野さんは顔を曇らせた。

松川浦では春は潮干狩りの観光客が詰めかけた。夏から秋にかけては海釣りの客が。そして冬はマツバガニが売り物。一年を通じて漁業が観光資源だった。ところが、漁業は再生めどがたっていない。加えて、この地域の復旧工事、除染作業ともほぼ終わった。これまで経営を支えてきた作業員の宿泊は見込めなくなる。
「これからはどうして宿泊客を呼び込めるのか見当もつかない。来年以降のことを考えると、正直言って夜も眠れない」。菅野さんこう頭をかかえる。

震災から5年余。宮城、岩手の漁業や観光は、曲りなりに再生の歩みを続けている。しかし、津波災害に加えて、目に見えない放射能の脅威にさらされた福島の漁業、そして観光の再生の途はみえない。(了)


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