10月16日 仙台市蒲生  住民たち”地域の歴史・自然の保全”求め 行政側と対話

DSC_0706.JPG「蒲生のお地蔵さん」は震災前、元の中野小学校の隣で海の安全と豊漁を祈って海に向かって座り、人々の信仰を集めてきた。震災後、蒲生地区を企業誘致の用地につくりかえる区画整理事業に伴って、七北田川沿いに移設され高さ7,2メートルの防潮堤の蔭にひっそりと座っている。あたりには建設工事の大型クレーンが林立し蒲生の街並みは日々姿を変えている。

このままでは蒲生地区の豊かな歴史や蒲生干潟に代表される自然が失われかねない。元住民たちでつくる「蒲生のまちづくりを考える会」と、干潟の保全活動を半世紀にわたって続ける「蒲生を守る会」が、半年がかりで議論を続けてまとめた要望事項をこの日仙台市に申し入れた。

要望事項は「郡和子市長が現地に足を運び、住民と懇談会を開催する」など8項目。宮城野区の石澤健副区長など9人が話し合いに応じた。この中でまちづくり推進部の武山広美部長は「仙台市としては沿岸部を”海辺の交流再生プロジェクト”を発信できる場に整備したいと考えている。今すぐとはいかないが皆さんの想いは反映させていきたい」
こう述べるにとどまったが、いくつか具体的な回答が示された。

蒲生地区は江戸期、貞山運河で運搬された藩米を城下に運ぶ入れるための重要な中継地点とされ、貯蔵庫である「御蔵跡」の遺構が地下に眠っている。遺構保護の求めるを研究者や住民たちの声を受け、仙台市はこの区画は企業に売却せず市有地とした。しかし、公園化を求める声には応ぜず運送業者でつくる「仙台港コンテナ利用促進協議会」がコンテナの仮置き場として利用し始めている。
DSC_0699.JPGDSC_0712.JPG写真上:住民と仙台市の懇談会(宮城野区役所)。下:「御蔵跡」区画に並ぶトラックや台車。
〇「御蔵跡、船溜まり跡地や貞山堀を公園化して、当地の歴史や文化のシンボルとして整備する」住民たちはこう求めた。
これに対して仙台市は
〇御蔵跡や船溜まり跡に、歴史的な価値を説明する看板を来年度設置する方向で教育委員会と協議していることを明らかにした。

また、地域のランドマークともなってきた日和山について住民たちは
〇公園として整備し、駐車場に水洗トイレを設置するほか、背後地にクロマツやヤマザクラを植樹して”ふるさとの森”とするよう求めた。
DSC_0714.JPGこれに対して仙台市は
〇2021年度末完了を目標にすすめている区画整理事業の予算では、区画を確定したり公有地を確定するまでしかできない。その区画にどんな施設をつくるかはその先の検討事項。慰霊碑のある「なかの伝承の丘」のトイレについてもつくると決まった訳ではない。要望があることは充分認識している。
期待を裏切る回答だった。

すでに操業している企業の駐車場は通勤のための車で満杯だった。
現に住み続けている住民は「夜間、路上駐車する大型トラックの騒音に悩まされている」と訴えた。
住民たちはこう求めた。
〇「騒音や大気汚染などで、生活環境の悪化が心配される。環境を守りまちづくりをすすめていくため、立地事業者だけでなく住民、行政を交えた協議会を設置する」
DSC_0705.JPGこれに対して仙台市は
〇「環境への配慮」を重要なポイントとして立地企業を選んでいる。企業の数も増えてきたので来年度には立地企業間で、意見交換する場をつくりたいと考えている。協議会という形になるかどうかは分からないが地元の住民の声を反映させていく。
こう述べて、まちづくりについて話し合う場を設ける考えを明らかにした。
DSC_0703.JPG震災から間もなく10年。蒲生地区で住民たちと行政の実質的な対話ははじめてのことだった。ふるさとの再生に向け住民と行政は決して対立する存在ではない。行政のトップである市長が現地へ出向くことも含め、こうした対話の促進こそがいま必要だ。(了)

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