6月11日 気仙沼市階上 ”震災を語り継ぐ” コロナ禍で休止の語り部再開
3人のメンバーが地区全体を見渡せる展望タワーなどで、あの日の出来事を語った。
このうち、防災公園のすぐそばに住んでいた三浦祝子さん(75)は一つ年上の夫を亡くした。自身も三方から押し寄せた津波に巻き込まれたが、奇跡的に助かった。
三浦さんはこう話した。
「震災前、年数回の避難訓練ではこの場所に集まっていました。明治の三陸津波、チリ津波でもここまで来なかったからです。あの日も何人かの住民が避難していました。後から知ったことですが、ここは海抜12メートル。押し寄せたのは高さ18メートルの津波でした。ひとたまりもありませんでした。
自治会長をしていた夫はおそらく身体の不自由な人たちの世話していて流されたんだと思います。津波てんでんこと言いますが、先例にとらわれず、いざという時にどこへ逃げるかを決めておくことです」
「生きてさえいればこそです。震災から9年3か月経ちましたが、すべてがつい昨日のことのようです」
祝子さんはこう繰り返した。
月命日のこの日は慰霊碑に花を供え、静かに祈りを捧げる元住民の姿があった。身近かな人々を失った方々にとって、震災はまだまだ歴史にとじ込められる出来事ではないのだ。
「コミュニテイをどう再生していくか、またこの地区には岩井岬など景勝地があるほか、海産物も豊富だ。居住できなくなったが、交流人口を増やし賑わいを取り戻したい」
語り部部会の近藤公人会長(72)はこう話す。
20人ほどの部会のメンバーは70歳台が中心だが、こうした地道な活動を土壌に、去年からは階上中学校の生徒たちが語り部を始めた。震災は確実に若い世代に語り継がれている。(了)
*「階上地区語り部部会」(問い合わせ:090-8258-9799 熊谷)
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