12月19日 仙台市蒲生 「ふるさと銘板」取り付け 地元ゼネコンが全面協力 住民たちの要望に応える

DSC_0123.JPGかつて1500世帯の住民が暮らしていた仙台市蒲生地区。工場などを誘致する産業用地に作り変えるための区画整理事業が進む。大型重機やトラックが走り回り、一部では立地が決まった企業の事業所の建設工事が急ピッチで進む。街の姿は日々変わっていく。
「ここに暮らしがあったというこん跡をコンクリートの防潮堤に刻みたい」。こんな想いから元住民たちが中心になってつくった「蒲生に銘板をつける会」が、防潮堤の11か所に金属製の銘板を取り付けようと関係方面に働きかけてきた。

このうち2か所の銘板は、蒲生海岸北側の防潮堤の建設にあたった仙台市の建設会社「ファインテック」の協力で、この4月に取り付けることができた。残る9か所について住民たちは、蒲生海岸と七北田川沿いの堤防の建設にあたっている地元のゼネコン「橋本店」に協力を働きかけていた。
住民たちの代表3人が、宮城野区にある橋本店の事業所を訪ねて重ねて協力を要請した。
DSC_0142.JPGDSC_0129.JPG写真上:「蒲生に銘板をつける会」の代表世話人たちと、橋本店・常前隆弘(じょうまえ)土木本部長。下:4月に取り付けた銘板。
席上、橋本店の常前土木本部長はこう答えた。
「地域社会に貢献するということが私たちの大事な経営理念で、年2回蒲生海岸の清掃奉仕を続けています。私自身震災直後に蒲生に入りましたが、思い出の品々を拾い集める住民の方々の姿が目に焼き付いています。ふるさとに対する皆さんの気持ちは十分理解できます。残る銘板の取り付けを快く引き受けたい」
こう述べて、9か所の銘板取り付けに全面的に協力することを明らかにした。

橋本店が手掛けている工事は来年夏ころには終わるという。すでに他の企業の担当で工事が終わった箇所の銘板についても、夏以降に一括して橋本店が取り付けるという。

「銘板をつける会」代表世話人の一人、笹谷由夫さんは「ご協力に感謝します。ようやく胸のつかえがとれました。ふるさとの姿はすっかり変わってしまいましたが、銘板をたどって巡るとかつての暮らしがしのべるよすがになればと願っています」と述べた。
DSC_0119.JPG
地区の人々の信仰を集めてきた高砂神社は、この8月に七北田川沿いの堤防近くに移転した。小さな祠がひっそりとたつ。ここにはかつて地域の安全の見張り役、「火の見櫓(やぐら)」があったという。この場所に取り付ける銘板にはそのことも明記したいという。
DSC_0117.JPG
旧中野小学校の跡地につくれらたメモリアル施設「なかの伝承の丘」の東側のブロックでは、大きな鉄骨造りの建物の工事が急ピッチで進んでいた。大手流通企業の事業所だ。かつて子どもたちの歓声が響いていたに違いないこの地区、早くも工場地帯のおもむきだ。

この近くには渡し船の乗り場があったという。地元学の冊子「未来に伝えたいふるさと 蒲生」にはこうある。
「七北田川の河口近くに渡し船があってね。昭和30年代汚水処理場で働く女の人たちを7~10人くらい毎日渡していました。運賃は、お金だけでなくお米で払っている人もいたそうですよ」

ふるさとの記憶を留めようという「蒲生ふるさと銘板」完成のめどがついたことをともに喜びたい。(了)




ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 6

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス ナイス ナイス

この記事へのコメント