4月25日 仙台市蒲生 「防潮堤に故郷のこん跡を」住民たちの願いかなう 銘板2枚取り付け

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蒲生干潟と内陸を隔てる高さ7,2メートルの防潮堤(行政上の用語は河川堤防)。北側の650メートルの区間は去年の暮れに完成した。ほぼ中央にある日和山への遊歩道につながる階段を登り切った、防潮堤の頂上部分にかつての地名を示す銘板2枚の取り付け作業が行われた。60×40センチ、黒地のステンレス製の銘板に白字で書かれた地名がくっきり浮き上がる。

北側の銘板には「港区(戌区=ぼうく)町内付近 養魚場」と記されている。震災前は戌区(ぼうく)、その後港区と呼ばれる地区があり、淡水魚の養魚場があった。
南側に取り付けられた銘板は「国指定鳥獣保護区特別保護地区 蒲生干潟」の文字。防潮堤の外側に拡がるのが国際的にも知られる海浜性の動植物の宝庫、蒲生干潟である。
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かつて1500世帯の住民が暮らしていた蒲生地区は、工場などを誘致する産業用地に作り変えるための区画整理事業が進む。大規模な工事で街の姿は日々変わっていく。時折訪れる旧住民でさえ、この場所になにがあったか首をひねるほどの変貌ぶりだ。

「かつてこの地区には人々の暮らしがあり、思い出のつまった故郷。せめてふるさとのこん跡をコンクリートの防潮堤に刻みたい」。旧住民の有志が「蒲生に銘板をつける会」をつくって関係方面に働きかけを続けてきた。この区間の防潮堤工事を行った地元の建設業者、ファインテックの全面的な協力が得られ、住民たちの願いがはじめてかなった瞬間だった。
作業には旧住民たちのほか、宮城野区役所まちづくり推進部の担当者も立ち合い、住民たちを祝福した。

地名を示すだけなら立て看板でいいのではとの声もあった。しかし、蒲生の姿を一変させたのは高い防潮堤。コンクリートの構造物に暮らしのこん跡を残すことに意味がある。こんな意見が大勢を占めた。
しかし、実現にはいくつかの壁があった。
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写真:日々すすむ工事。
銘板を取り付けるのは法律上は「河川敷地の占用」とされ、原則として国または公共団体に限られることが分かった。住民団体が直接申請するのはNOだった。
仙台市と協議。地名を表示することは多くの人々が集うまちづくりにもつながる、として宮城野区のまちづくり推進部が、事業担当部局である宮城県土木部に「占用」を申請することで壁をクリアした。

費用も課題の一つだったが、工事を担当したファインテックが銘板の制作費、1枚8万8000円と工賃をすべて負担・協力することを申し出た。
銘板取り付け作業にもあたったファインテック・統括部長の若生不二夫さん(61)はこう話す。
「蒲生は震災前から度々足を運んだ場所で、干潟のボランテイア清掃にも参加した。ふるさとの思い出を残したいという住民の方々の願いは、私自身の想いでもある」。
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住民団体では今回を突破口に、蒲生地区全体で少なくとも11か所に銘板を取り付けたいとしている。行政側だけでなく、防潮堤工事を担当する他の建設業者にも協力を求めていく考えだ。

「銘板をつける会」代表世話人の一人、笹谷由夫さん(72)はこう話す。
「快く協力していただいたファインテック社には感謝している。ふるさとの姿は日々変わっていく。小さな努力かもしれないが、ここには豊かな暮らしと歴史があったことを何としても未来の世代に伝えたい」。(了)

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