2月17日 山元町 「教員・住民の準備が90人を救った」 旧中浜小で語り部を聞く会

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震災後閉校した山元町の旧中浜小学校の校舎は震災遺構として保存されることが決まっている。語り部の活動を聞き、震災伝承のあり方を話し合う会合が開かれた。各地で震災を語り継ぐ活動をしている団体や個人でつくる「3・11メモリアルネットワーク」の主催。今回が4回目で宮城県内や、新潟県で活動をつづけている20人余が参加した。

震災当時、中浜小の校長をしていた「やまもと語り部の会」の井上剛さん(61)が案内役を務めた。
中浜小は海岸からおよそ300メートル。何度も押し寄せた津波は二階の天井近くまで達した。学校に避難した児童や住民、90人は屋上の倉庫に逃げ込み全員が助かった。冒頭の写真の三角屋根のところが、90人が逃げ込んだ倉庫だ。

避難の経過を語る証言は当事者だけに多くのことを考えさせるものだった。
職員室のテレビは「10分後に5メートルの津波」という警報を伝えた。中浜小の周辺では地震からしばらくの間電気が通じていた。電気で動く校内の時計は3時19分で止まっていた。ただちに全員を二階に上げた。しかし、間もなく警報は高さ10メートルの大津波警報に切り替わった。「ここでは危ない」さらに屋上に上がり、倉庫に全員が逃げ込んだ。人ひとりが通れる狭い階段だったが、スムーズに全員が上がった。

避難先を二階、さらに屋上にしたのは訳があった。中浜小の非常時にマニュアルでは津波警報時の避難場所は内陸の高台となっていた。
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写真上;赤痢菌発見で知られる志賀潔博士の功績をたたえた石碑は津波で20メートルほど流された。下:避難した屋上の倉庫の様子を写した写真。
内陸の高台までは徒歩で20分かかる。以前勤務していた教員が実際に歩いてみて、そのことをマニュアルに書き込んでいた。時間的な余裕がないとかえって危険だ。
さらに、震災の2日前、三陸沖でマグニチュード7・3の地震が発生した。井上さんは教頭先生などと話し合い、時間的な余裕がなければ上階へ逃げることを決めた。
「2日前の地震で教職員の危機感が高かったので迅速な避難につながった」と井上さんは言う。

さらにもう一つ大切なことがと井上さん。
中浜小の校舎は1989年(平成元年)に新築された。鉄筋コンクリート造りモダンなデザインだった。非常時には地域の住民が二階へ上がれるよう、外階段が3か所設けられるという工夫もあった。
校舎の敷地は低地で高潮のたびに湿地帯となっていた。安心できる校舎をと、地域住民が敷地をかさ上げするよう要望した。地元の建設業者も赤字覚悟で敷地を2メートルかさ上げした。この2メートルがなければ屋上にも津波が流れ込んでいたかもしれない。

「住民や教員、多くの方々の事前の準備・備えが90人を救った」井上さんはこう語った。

屋上の倉庫は寒かった。学芸会用の衣装や、大道具、あるものはなんでも利用した。困ったのがトイレ。卒業生がタイムカプセル用に利用していたプラスチック製の衣装ケースが数多くあった。卒業生には「ごめんよ」と手を合わせて、女子用のトイレにした。男子用には樽みこしの樽を使った。

寒い夜が明けた。上空を通った自衛隊のヘリコプターがみんなに気づいてくれた。校庭に降りたヘリコプターで全員救助された。
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校舎の西側のコンクリートのたたきで、井上さんが突然「皆さん腰を下ろしてください」と言った。はるか上の方に津波到達点を示す青いプレートが。「皆さんは今プールの底にいます。プールの水面はあそこです」
井上さんは小中学生を案内する時は、このように津波の恐ろしさを体感してもらい、迅速な避難の重要性を考えてもらうという。

ここで語られていたのは、おそらく84人が亡くなった大川小学校の惨事とは対極のことではないだろうか。おそらくと書いたのは、大川小では非常時のマニュアルに避難場所が特定されていなかったことが明らかになっている。しかし、避難の判断が遅れたのは何故かについては、ただ一人助かった教員の証言が得られていないことなどから依然謎のままだからである。

終了後、井上剛さんにこのことを聞いてみた。言葉少なにこう話した。
「大川小でも誰もが子どもの命を救おうとしたが、最悪の結果になった。私たちは多くの幸運が重なっただけ。紙一重の差です」
紙一重を生み出したのが、多くの人々の準備だったことを私たちは教訓としなければならない
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旧中浜小学校は来年度工事が始まり、来年春には震災遺構として公開の運びだ。「やまもと語りべの会」のメンバーはこの後も伝承活動を続ける。
「防災力のある子どもを育てることが、あの震災を体験した私の務めです」、井上さんはこう話す。(了)

*注;志賀潔博士は仙台藩の藩医の家系。晩年、山元町の磯浜に別荘を構えたことから、記念碑が中浜小の中庭に建てられていた。

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