12月22日 名取市閖上 「震災を次の世代にどう伝えるか」 熱く語る若者たち

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宮城県内で震災を語り継ぐ活動をしている若者たちが話し合う「若者トーク~あの日のいろんなこと」が、名取市の「閖上の記憶」で開かれた。震災伝承に取り組む個人や団体でつくる「3・11メモリアルネットワーク」の主催で今回が4回目。中学生から社会人まで6人が想いを熱く語った。

東松島市矢本の武山ひかるさんは高校3年。小学4年の時に震災を体験した。災害があった時子どもは何もさせてもらえないのがつらい、と自らの体験を語った。「避難所でも大人は大変なんだと思っておとなしくしている。家の片づけや、泥出しを手伝ってと言われた時は、初めて存在を認められた思いでうれしかった。子どもにも何かさせて欲しい。学校が避難所になっていれば子どもたちの方が、校内の様子に詳しい。みんなの役に立つはずだ」
小学生に話すときは、絵を描いた大きなカードを使ってクイズ形式で命を守るすべや、防災について考えてもらっているという。「ナマズの学校」というユニークな語り部活動だ。

石巻市蛇田の千葉蓮(れん)さんは中学3年で最年少のスピーカーだ。
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写真上;武山ひかりさん(高3)受験勉強大変だねと問われ「今日は息抜きです」と屈託ない。下;千葉蓮さん(中3)と、司会の佐藤敏郎さん(大川伝承の会協同代表)。
千葉さんは小6の時から石巻市の「子どもまちづくりクラブ」に参加している。「子どもたちが震災について話し合う場が欲しい。活動をしているなかで港の人や、商店街の人、国連のスタッフとも話ができ視点が拡がった」と話した。

東松島市矢本の相澤朱音(あかね)さんは短大1年。小5の時、震災で仲良しだった友人を亡くし、「度々自分の方が死んだ方がよかったという気持ちにとらわれた」と胸の内を明かした。しかし、友人が亡くなったことをマイナスに「しないためにもと言う想いから小学校の仲間3人と語り部を始めたという。
こう話した。「語り部を聞いた人も語り部になれるはず。周りの人に聞いたことをひろめてください」

女川町出身で福祉関係の仕事をしている山川竜輝(りゅうき)さん(23)は「同じ世代のみんなとこうして話していると、震災を次の世代に伝えるには何が必要か気づきの場となった」と話した。

この「若者トーク」毎回場所を替えて開いてきた。交流の輪を拡げるためだ。地元閖上から自営業の吉田耕貴(こうき)さん(23)が発言した
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写真:永沼悠斗さん(24)。
吉田さんは中学校の卒業式後の謝恩会の最中に震災に見舞われた。成人式にまた会おうと呼びかけた友人など閖上中学では13人が亡くなった。友人にかわって同級生が集まる場をつくったという。吉田さんは「これからも仲間が集まる機会が必要だ」と話した。

永沼悠斗さんは石巻市長面に住んでいた。当時小2の弟、祖母、曾祖母の3人が亡くなった。震災から逃れたい思いもあって野球に打ち込んでいた。ある日、恩師から弟の誕生日だねという電話をもらったのが防災・減災に取り組むきっかけになったという。東北福祉大に入り直し防災士の資格を取った。
「次の世代が笑顔で夢を叶えられる世界にしたい。語り部活動の経験を共有するだけでなく、まちづくりに若い世代が関わる『若者伝承会議』を是非つくりたい」、永沼さんはこう強調した。
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具体的な活動に裏付けられた若者たちの発言は、どれもが未来を見据えた熱意にあふれたものだった。
勿論迷いもある。最年少の千葉蓮さんが「いつまでも震災にこだわらず別のことをやったらと言う人もいる」と打ち明けた。
一方で、千葉さんはきっぱり言った。「震災前はさびれていた石巻の商店街に人通りが増えてきた。子どもたちの活動が賑わいを取り戻す一助になったはず」
起きたことの意味を問い続け、決して逃げない。若者たちの発言にたくましさを感じたのは私だけではなかったはずだ。(了)

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