10月21日 山元町 町内の神楽・音頭が一堂に ふるさとの芸能・文化を見直す

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山元町の各地区に伝わる神楽や踊りなどの伝統芸能が一堂に会して、技を披露する催しが開かれた。会場は町の東側にそびえる深山(しんざん)の麓にある「少年の森」構内の特設ステージ。住民たちの実行委員会と、震災直後から子どもたちの学習支援のボランテイア奉仕を続けている,
千葉県浦安市の一般社団法人「くまプロジェクト」が主催した。
まず、坂元地区の婦人たちが「坂元おけさ」の踊りを披露した。明治初期に新潟から訪れる「毒消し売り(どっけしうり)」=クスリ売りから習い覚えたと伝えられる。そう言えば節回しはどことなく佐渡おけさに似ている。震災で亡くなったメンバーもいるが、仮設住宅を慰問したりして受け継いできたという。

次に登場したのが「當護稲荷大神楽(とうごいなりだいかぐら)」。山下神社の春の例祭に奉納される。前後2人の獅子が大太鼓、小太鼓、横笛に合わせて舞う。相馬地方に伝わる悪魔祓いの獅子舞で、宮城県で伝えられるのは丸森町と七ヶ宿町、それにここの3か所だけだという。

舞いは4幕と、フィナーレに当たる「乱」。
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写真上:「當護稲荷大神楽」の第3幕。下;特設ステージでは笠野地区の婦人たちが「笠浜甚句」を舞った。
右手に鈴を持って登場した獅子は、3幕になると右手には3尺の日本刀、左手には御幣を持ち悪魔祓いをする。終盤の「乱」では獅子頭を手で抱えて激しく舞う。太鼓も”ドロドロ”と鳴り響き激しさを盛り上げる。「商売繁盛、家内安全、悪魔祓い」と力強く祝詞をあげて舞いは終わった。
お菓子や飴を観客にまく場面もあり大きな拍手を浴びたが、こうした伝統芸能の共通の悩みが後継者不足。この神楽保存会のメンバーは11人だが、誰かが仕事で抜けると獅子舞ができなくなってしまう。この日も笛は他の地区の住民の応援出演でしのいだという。

会場となった深山神社に奉納される「山寺神楽」は、メンバーが確保できず舞いの披露はできなかった。代表がステージで実情を話した。保存会のメンバーは中学生を加えて12人いるが、この日は中学生が部活で出演できなかったという。
若い世代が加わり後継者確保のめどがたったものの、思わぬところに悩みがある。

震災を乗り越えて復活した神楽が登場した。沿岸部にある青巣稲荷神社(あおすいなりじんじゃ)に奉納される花釜神楽だ。
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写真;花釜神楽の「恵比寿舞い」。
釣り竿を持った恵比寿さまがタイを釣り上げる様子をユーモラスに舞う。めでたいタイを釣り上げることで豊作・豊漁を祈願する。
江戸時代に始まったというこの神楽は、山伏神楽の要素を取り入れた激しい舞いが特徴だ。ところが、神社に保管していた衣装や、道具はすべて震災の津波で流された。保存会は解散の危機にあった。
復活を望む声に押されて、文化庁の補助などを受けて衣装を新調したり、太鼓などの道具を修理し、震災の2年後に復活・奉納にこぎつけた。
12幕もある大がかりな神楽。メンバーは12人いるが、まだまだ足りないという。

ステージの周りには「竹カゴ愛好会」などのグループや、今が旬の「ハラコ飯」や軽食を売るブースが並んだ。このように各地区が受け継いできた伝統芸能が、一堂に会して発表の場を持つのは初めての試み。
50歳台のある女性は「自分が住む地区以外の神楽や、踊りを見たのは初めて。この町には豊かな芸能、文化がこんなにあることに気づかされた」と話した。
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神楽の衣装や道具を展示したコーナーには小学生たちが寄って来て、お面をかぶったり、刀を手にしていた。
もともと、このイベントはどの保存会も後継者不足に悩まされている実情をしってもらうことが目的の一つだった。
主催団体のひとつ「くまプロジェクト」代表の中山恵一さんはこう話す。
「自分たちの町にはこれだけのものがあったということに、気付いてもらえたとすれば嬉しい。震災直後から山元町に訪れているが、復旧、復興の先にあるまちづくりのエネルギーは、ふるさとが育んできた誇りを再確認することで生まれるのでは。微力ながらお手伝いを続けたい」。

ある研究者の言葉を思い起こす。「地域の再生、まちづくりで禁句は『ここには何もない』だ。地域のいいもの、誇りを再発見することがまちづくりのエネルギーになる」。

主催団体は山元町の伝統芸能の合同発表会を来年以降も開催することにしている。(了)


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