1月1日 仙台市新浜 津波避難タワーで初日の出~鎮魂と地域再生を祈る

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2018年の初日の出を、宮城野区新浜の津波避難タワーで迎えた。タワーは海岸から1,8キロと離れているが、高さは10,1メートル。計算上、高い分仙台では一番早く初日の出が見られるという。地元の住民が発案。午前6時に津波警報が出たという想定で、タワーへの避難訓練を兼ねた。およそ50人が屋上で日の出を待った。
心配だった空模様も、東の空にわずかに雲がかかる程度。東の空の雲があかね色に染まり始めたと思う間もなく、6時53分太陽が姿を表した。
海岸線の松林は津波で多くが流されたが、わずかに残るイグネの梢が朝日に輝く。いったん姿を表すと、太陽はぐんぐん昇っていきすっかり元日の朝の気配に。そこここで新年のあいさつが交わされる。
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東日本大震災で新浜地区ではおよそ60人が亡くなった。日が昇ったところで犠牲者を追悼して全員が黙とうを捧げた。
隣り合った荒浜地区や、北蒲生地区が災害危険区域に指定されたため、新浜地区は震災後は仙台市内では海岸にもっとも近い集落となった。しかし、かつて150世帯を数えた住民は70世帯程度に減った。
地元町内会役員の瀬戸勲さんは「今年は若い世代の住民が戻ってくるように、新浜の魅力を取り戻す活動をさらにすすめたい。この地区の魅力は何といっても住民同士の絆。それを大事にしたい」、こう話した。
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震災から間もなく7年目を迎える。1万6657人。岩手、宮城、福島の被災3県で、いまだにプレハブの仮設住宅暮らしを強いられている方々の数である。復興公営住宅の入居者も、家賃の特別低減措置期間が終わり、段階的に引き上げられたり、貸し付けられた災害援護資金の返済などの経済的負担が暮らしにのしかかっている。
日本の社会の関心は東京五輪に向かっているが、被災地の苦しみは決して終わっていない。

今年の年賀状で私はこう書いた。
『「分断」、「格差」、「差別」はては「FAKE」な言説がうずまく時代。だからこそ、真実に迫るジャーナリストの努力が求められています。被災地の片隅で、一端につらなる私も覚悟を新たにしたいと思います。』

改めて覚悟を求められた初日の出でした。(了)

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