8月19日 仙台市荒浜 ”海辺の暮らし取り戻したい” 貞山堀で灯ろう流し

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仙台市荒浜の貞山堀(新堀)で、恒例の灯ろう流しが行われた。亡くなった人や、先祖を供養するお盆の行事で、「荒浜再生を願う会」のメンバーら旧住民が震災直後の夏に復活させた。震災で荒浜地区では180人余りが亡くなった。震災後は犠牲者を追悼するとともに、地域再生の願いを込め、毎年続けられている。
午後4時、浄土寺の住職の読経と、念仏講のご婦人たちのご詠歌が流れる中、旧住民などが持ち寄った70余りの灯ろうが貞山堀の水面に浮かべられた。

7年目の灯ろう流し。新しい試みがいくつかあった。これまでは岸から流していたが、舟を浮かべて貞山堀の真ん中で灯ろうを流した。船外機付きの舟を住民の会代表の貴田喜一さん(71)が、七ヶ浜町の知り合いから借りてきた。

長さ2メートルほどの「盆舟(ぼんぶね)」を2艘つくった。荒浜では「流し舟(ながしぶね)」と呼ばれ、稲ワラだけで作られたというが、製作者の貴田さんが工夫して、すぐ沈まないよう外側はベニヤ板で作った。
船腹には「3・11忘れないよ がんばろう」の文字。マストには「荒浜再生を願う会」のシンボル、黄色いハンカチがひるがえる。
いずれも、震災前に荒浜で行われていた灯ろう流しにできるだけ近づけよう。海辺の暮らしを取り戻したいとの想いからだ。
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貞山堀は南北2つの川の河口部で海とつながっているため、潮の満ち干で流れは変わる。この時間は干潮なので流れは七北田川から、名取川方向へ。北から南に流れる。
舟から浮かべられた灯ろうは、ゆらりと南に向かって流れた。深沼橋や、貞山堀の岸でおよそ100人が見守った。

「ありがとう 想い出すのはいつもあなたの笑い顔」。亡くなった人を偲ぶ想いは7年経っても変わらない。
「豊作祈願 今年もおいしい野菜がとれますように」。仙台では20数日、雨続きで陽の光を見ていない。冷夏を心配する農家の人の灯ろうだろうか。
今回の灯ろう作りには、「せんだい3・11メモリアル交流館」が協力し、震災遺構の旧荒浜小学校校舎を会場にワークショップを開いた。子どもたちが作った灯ろうも貞山堀を流れた。
「みんなで平和で仲よくくらせますように」。ハートのマークが添えられたのは子どもたちの作品だろう。

貞山堀の真ん中で、「盆舟=流し舟」が燃やされた。第1と、第2あらはま号の上げる炎が夕暮れの水面を照らした。送り火と同じように、亡くなった人を偲ぶものだ。
参加者のなかに、震災で当時52歳の長男を亡くした佐藤栄さん(87)の姿があった。
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写真下;佐藤栄さん。
佐藤栄さんは震災前、荒浜で左官業を営んでいた。事務所兼作業場にいた長男の栄一さん(当時52歳)が津波にのまれ亡くなった。残った従業員と仕事を再開したが、1年で工務店を閉じた。悲しみで続ける意欲を失ったという。
「長い間ごくろうさまでした」。佐藤さんは息子を悼む想いを書いた灯ろうを流した。
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震災遺構の旧荒浜小学校の校庭には、200個の灯りが並べられた。
荒浜で拾った貝がらに見立てた半円形のガラス容器に、ボタン電池とLEDの豆電球をしつらえた。長さ50メートルほどの2本の灯りの筋は、もう一つの貞山堀を表現したものだ。
「せんだい3・11メモリアル交流館」の主催。旧荒浜小学校の一般公開が始まって、初めてのお盆に当たることからこの地区の震災の犠牲者を追悼するイベントとして企画した。

2011年3月11日以来、夜は暗闇が続いていた荒浜に、この日は灯りがまたたいていた。(了)

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