4月13日 仙台市荒浜 住民の訴えに耳を貸さない行政 メデイアは誰の味方?
仙台市役所の会議室。仙台市が指定した災害危険区域内の住民たちが作る「荒浜の再生を願う会」が、区域指定の具体的な根拠を示すことなどを求めた公開質問状を出した。
願う会は仙台市が一方的に災害危険区域を指定し、集団移転を求めたことに反発している。
様々な防護策を講じた上での、現地での再建を求めて訴え続けている。
この日は仙台市側が質問状に回答する。
仙台市の鈴木三津也(みつや)復興事業監が、会の代表の貴田喜一さんに回答書を手渡した。
この中で仙台市側はこのように回答した。
最大規模の津波を想定したシュミレーションで、津波の浸水深が6メートルを越える地域を災害危険区域に指定した。住宅地全体を7~8メートルかさ上げすることは費用面からみて現実的でない。従って、人工地盤上に住宅地を設けるなどの検討はしていない。
住民が求めた10数項目の全てをはねつける回答だった。
住民たちは主張した。
他の自治体では被災者と事前に議論し、取り決めをした上で災害危険区域を指定している。一方的に指定し、住宅建設を禁止するのは納得できない。
現地で住みたいという住民のため、電気や水道などのライフラインを整備すべきだ。
仙台市側:
住宅以外の工場や事業所を建てることは可能だ。それに必要なライフラインの整備は検討する。しかし、区域指定の見直しはしない。一部解除も考えていない。
木で鼻をくくった答えだった。これまで通り、住民の訴えを退ける答えに終始した。
住民側は住民と市役所が対話を重ねる、連続公開対話集会の開催を求めた。住民、行政が情報を共有し合い、解決の途を探ろうというものだという。
まっとうな求めをはねのける理由はない。基本的に行政側も了承した。
住民との事前の対話不足で不信を招いたのは行政側である。考えてみればこの提案はむしろ行政側がすべきことだった。
どの程度、実質のある対話集会をもてるか。行政側が試される。
多くのメデイアが取材に来ていた。”移転反対派”の動きは無視できないということだろうか。べた記事で報じていた。
話し合い終了後、記者諸君が住民代表の貴田さんを取り囲んでぶら下がり取材をしていた。現役当時小生もやっていた姿だ。
脇で聞いていた。原稿に「行政訴訟も検討」というフレーズを加えるための言質取りのようだった。
中で、不可思議な質問が聞こえた。「公共の福祉をどう考えているのですか?」どういう意味だろう。一瞬とまどった。貴田さんも意味を図りかね困っている。
「大部分の人が~いや多くの人が集団移転を望んでいます」と質問者が付け加えた。
集団移転を望んでいる人がいるのに、異を唱えるのは公共の福祉に反するのでは?どうもそんな意味のようだ。
行政の方針を公共の福祉と呼ぶのは明らかに間違っている。多数が望んでいることが、そのまま公共の福祉でもないはずだ。多数決に反対するのは公共の福祉に反する。こうした論理は、全体主義が横行した前世紀を思い起こさせる暴論だ。
住民の合意の上で形成された方向、施策であれば公共の福祉と呼ぶに値する。主権者たる住民の意向を無視して事態を進める行政。”少数派”のこの人々はそれに異を唱えているのだ。
メデイアはどちらの味方なのだろう。いや、敵・味方という言い方は正しくない。メデイアはどの位置に立つべきか、と言い替えよう。
住民自治のあるべき姿に立つべきことは言うまでもない。時には”少数派”に寄り添うことも求められる。
質問者は小生の所属していたメデイアの後輩記者だった。集団移転事業を新しい安全神話にしてはならない。
その記者に小生の考えを耳打ちした。
社会の大勢を制した原発の安全神話の前に、メデイアは眠り込んでいた苦い経験をしたばかりである。異論は少数派として排除されてきた。
後輩氏にその思いは伝わっただろうか?(了)
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