3月30日 石巻市雄勝・その1 ~ ふるさと雄勝を残そう!街の再生目指し奮闘する若きリーダー
この日、再び石巻市雄勝に向かった。雄勝の中心部の取材は1月初め以来だ。
石巻市の中心部から雄勝へは、新北上川(追波川・おっぱがわ)の右岸を下り、あの悲劇の舞台となった大川小学校の手前で右に折れる。
峠の釜谷トンネルを抜けると間もなく雄勝だ。国道の三叉路で眼を引く看板が訪れる者を迎える。
雄勝中学校の生徒、PTAが建てた。「全国の皆様ありがとうございます」の文字の下に、「おがつ ふっかつ ぜったい勝つ」とある。”かつ、勝つ”が赤く彩られている。輝きを増した初春の陽光にその赤がまぶしかった。
地域再生を望む、人々の思いが眼に痛い。
震災から1年余。街の中心部の瓦礫は数か所のまとめれられた。公民館の屋根に乗っていた観光バス。3月10日に大型クレーンで下された。近く解体、撤去される。
震災の猛威を後世に伝えるモニュメントとして保存する案があった。しかし、あの時を思い出し前へ進めないという住民の声で撤去されることになった。
雄勝の中心部の5地区には600世帯が暮らしていた。市役所の総合支所をはじめ、小・中学校、銀行、病院など公共施設が集中していた。津波で破壊された街に住民の姿はない。
雄勝地区全体で、震災前の4300人いた住民が1300人に減った。1000人を切っているとの見方もある。
多くが、区域外の仮設住宅などへ去ったためである。雄勝中心部の再生をどう図っていくか、行政と住民が対立して揺れている。青写真もまだ決まっていない。
雄勝の復興をどう進めるか。石巻市では住民代表からなる「雄勝復興町づくり協議会」を中心に議論を進めてきた。
全体としての復興方針は、高台への集団移転の方向を目指すことでまとまった。復興事業は比較的にスムーズに進むとの見方もあった。
確かに、本ブログの3月7日の項で紹介した名振地区のように、雄勝半島に点在する漁業集落は住民の合意が容易に進んだ。
一方の雄勝中心部の地域。町場と皆さんが呼ぶ。
11月の住民との懇談会で、石巻市が提案した集団移転の候補地に住民は息を呑んだ。現在地から2キロほど内陸に入った原地区だった。
あたりには公共施設はない。このままでは、山間地の限界集落になってしまう。計画見直しを求める住民たちは「雄勝地区を考える会」を作り活動を始めた。
考える会の代表、阿部晃成(あきなり)さんを訪ねた。23歳の青年だった。
阿部さん一家は海沿いの自宅兼店舗で電器店を営んでいた。津波で流された。
あの日、一家は逃げ込んだ知り合いの家ごと津波に流され、雄勝湾を一昼夜漂流した。流れ寄ってきた漁船に乗り移り、翌日岸に流れ着き助かったというドラマを経験した。
5月には内陸の石巻市河北地区に移転して、営業を再開した。
電器製品を販売するだけでなく、取り付け、修理も手掛ける街の電器店である。震災前から家業を手伝っていた。
若いながら、「復興町づくり協議会」のメンバーに選ばれていたこともあり、住民グループの代表兼事務局長を務めることになった。
阿部さんは言う。町場の住民たちはいま、25の仮設住宅団地に340世帯が住み、残りは民間アパートなどの見なし仮設住宅に住んでいる。今でさえコミュニテイはばらばら。市役所の考える、山間部への集団移転では街の活気が戻ってこないどころか、多くの住民が戻る希望を失くしてこの地を離れていく。
このままでは街が消えていくという不安を多くの方々が抱えている。会は市役所の方針に反対するばかりという誤解がある。ふるさと雄勝を残すには、何が最善なのか住民自らが考えようというのが私たちの会だ。
独自に住民のアンケートを行った。高台移転希望と言う人が30%、宅地のかさ上げなどの防護策を取るという人が
30%、残りは不明と分かれた。
まとまった用地が乏しい雄勝で、津波の浸水の恐れのない場所というと、今の候補地しかないと市役所は言う。しかし、地域の特性に応じて高台移転以外の方策も検討すべきだと「考える会」は主張する。
土木や建築の専門家のアドバイスを受けながら、会では独自の復興案を作った。
海沿いに走っていた国道と県道は山側に付け替える。高さ9,7メートルと言われている防潮堤を第一次の防御ライン、付け替えた道路を第二次防御ラインとする。
道路のすぐ山側に住宅地、公共施設を配置し、かさ上げなどを図る。移転は企画整理事業などで進める。
津波浸水の恐れはゼロではないが避難ソフトを確立し、住民の安全を確保する。
市役所も後日、道路の付け替えなどについては住民案をほぼ同じ計画案を公表した。移転の候補地をどうするかまだ意見は一致していない。しかし、話し合いの余地は充分にあると思う。
若いリーダー、阿部晃成さんはこうしめくくった。
高台や内陸への集団移転事業をめぐっては仙台市の荒浜地区や、山元町でも異を唱える住民と行政側が対立している。集団移転とは住民に長年、場所によっては数世紀にわたって住み続けてきた地域を捨てることを迫るものだ。しかも、所有権という私権を制限する。
慎重な上にも、慎重に進めるべき施策だ。ところがいずれの場合も、行政側が住民の意向を事前に十分聞いた形跡がない。
住民自治の根幹に関わる問題なのに、メデイアの多くは眼をむけようとしない。政治・行政は”高台集団移転ありき”で走り出したかに見える。
大勢が動き始める。大勢が決するとメデイアは異をさしはさもうとしない。社会全体がいつかは破局に追い込まれる。
このような光景はどこかで見た覚えがないだろうか?原発の安全神話がそれである。
多くの住民を苦境に陥れた福島原発事故が起きて、はじめて私たちは神話に眠り込まされていたことに気付いた。
震災復興は高台移転、これを新たな神話にしてはならない。
若きリーダー、そして地域の再生を自らの問題として考え、奮闘する多くの住民たちから眼を離せない。
住民自治が私たちの社会に果たして根付いているかどうかを問うテーマに他ならないからだ。(了)

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