震災日誌 in 仙台  

アクセスカウンタ

zoom RSS 4月15日 仙台市  大川小の惨事”自分事として考えよう” 「研究会」が初会合 

<<   作成日時 : 2018/04/16 10:51   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

画像
74人の児童と、10人の教職員が亡くなった石巻市・大川小学校の惨事は、学校管理下での被害としては東日本大震災で最大のものだった。子どもたちはなぜ50分間も校庭で待機しなければならなかったのか、ようやく動き出した避難先がなぜ北上川の方向だったのか。あれから7年、遺族たちは「小さな命の意味を考える会」を結成して、語り部活動などを続けているが、惨事の真実が一向に明らかにならないことに、苦しみといら立ちはつのる一方だ。有志が起こした訴訟の控訴審判決はこの26日に言い渡される。
こうした中で、遺族たちを支える活動を続けてきた市民グループが立ち上げた「大川小学校研究会」の初会合が、仙台市内で開かれおよそ30人が参加した。
世話人の一人で仙台市出身で多摩大学教授の会津泉さん(情報社会学)が「大川小学校で起きたことはどの学校・組織で起きてもおかしくない.。教訓を共有し全国に発信するためには、この惨事を「他人事(ひとごと)」ではなく、「自分事(じぶんごと)」として考える必要がある」。
このように設立の趣旨を説明した。
遺族の代表3人が今の想いをのべた。
画像
画像
このうち、小3の長女を亡くした只野英昭さん(46)はこう話した。
「大川小学校の跡地を訪れる教育関係者は多い。自分だったら果たしてどうしたのかを考えてくれているのだと思う。聞いてみると他県の方々がほとんど。地元の先生や、住民の姿が見えないのが残念だ」。

このあと、東北大学教育学部の李仁子(い いんじゃ)准教授(文化人類学)が、修学旅行の高校生などおよそ300人が犠牲となったセウオル号沈没事故、熊本大学の石原明子准教授(紛争変容・平和構築学)が、水俣病事件と大川小学校事故との関わりを話した。
お二人は、遺族には時として心ない批判の声が寄せられることもある。惨事の全体像が明らかにならない中で、部分的な情報が横行し関係者を苦しめる事態も心配され、遺族を周りが支えることが欠かせないと指摘した。

このうち、石原さんは水俣では患者たちと、地域経済の崩壊を心配する住民の分断が続き、水俣市長が公式に患者たちに謝罪し「もやい直し」を訴えたのは、事件発生から40年後だったと紹介し次のように述べた。

「大川小学校事故は裁判の場だけでなく、遺族と行政側の対立が続いている。司法手続きとしての”和解”ではなく、本当の意味の和解を実現するためには、関係者だけでなく、周りで心配する人たちも含めて”どんな被害起きたのか”、”被害修復には誰が責任をもつべきか”といった、真実を明らかにする作業にきちんと向き合う必要がある」。石原さんはこう強調した。
画像
画像
大川小学校に残る壁画「未来を拓く(ひらく)」、校歌の題名でもある(2018年3月4日撮影)。
会合では「裁判をどう見守るか」などについて参加者全員で話し合いが持たれた。

「研究会」はこのあと2か月に1回程度、会合を開く。関心のある方は自由に参加してほしいと事務局では呼び掛けている。(了)
*「大川小学校研究会};Study@Okawasho.org

月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
4月15日 仙台市  大川小の惨事”自分事として考えよう” 「研究会」が初会合  震災日誌 in 仙台  /BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる