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zoom RSS 1月31日 名取市 移転迫られる「閖上の記憶」 新たな建物購入に資金協力呼びかけ

<<   作成日時 : 2018/01/31 21:12   >>

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震災後、「あの日 何が起きたのか、人々は どうなったのか」を資料展示や、語り部活動で伝え続ける「閖上の記憶」。現在は日和山近くのプレハブの建物で活動を続けているが、3月末で今の場所を引き払い、「閖上港朝市」近くに移転する。現在地で産業用地造成の地盤整備工事が始まるためだ。これまではレンタルの建物だが、移転を機会に自前のプレハブの建物を購入することになり、明日(2月1日)からインターネットネットを活用したクラウドファンデイング(CF)で費用の一部を募る。

費用は500万円と見込まれ、半分の250万円をCFで集めたいという。一口3000円から支援を受付け、協力してくれた方には「応援館長」として名前を刻むことにしている。

「閖上の記憶」はNPO法人「地球のステージ」が設立。震災の翌年、2012年4月に取り壊す前の旧閖上中学校の正門脇で活動を始めた。区画整理の工事に伴って、2015年に現在地に引っ越してきた。.津波で亡くなった14人の中学生の名前を刻んだ慰霊碑を守る社務所であると同時に、「命の大切さ」をメインテーマに掲げ、語り部活動を続けてきた。開設してから5年9か月、来訪者は9万人を越えたという。

今日も被災地支援を続ける岐阜県の生活協同組合のメンバー4人が訪れた。語り部の一人で、亡くなった14人の中学生の遺族会の代表・丹野祐子さんがあの日の出来事を話した。
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丹野さんは長女とともに公民館の2階に駆け上がって助かった。しかし、当時中学1年の公太君は友人たちと旧閖上中学校に向かう途中で津波にのまれた。当日の模様を話したあと、こう結んだ。
「震災から間もなく7年、つらいことはもう話さなくていいのではという人もいる。しかし私にとっては、あの日を語り続けるのが、息子がこの世に生きた証を確かめることだ。今は決して震災後の安全な時期ではない。次の震災の前の時期を考えるべきだ。震災の記憶を風化させてはならない」。
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写真:閖上港朝市のメープル館の南側が移転予定地。
現在地にある亡くなった中学生たちの慰霊碑は、4月に開校する小中一貫校近くの「閖上プラザ」に移される。「閖上の記憶」は今よりやや狭くなるが、映像の上映スペースなどは十分確保できるという。
ただ、移転した先も1年ほど後には造成工事が始まるため、再度移転しなければならないという。このため、建物はこれまで通り動きやすいプレハブにしたという。
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クラウドファンデイングは明日(2月1日)から3月31日まで、一口3000円〜で募集する。

「地球のステージ」で震災復興支援事業を担当する武田絵莉香さんは、こう強調する。
「震災の記憶の語り伝えは勿論続けるが、合わせてこの施設が地元の住民だけでなく、他の地域から来た方々でも震災の教訓を考える集いを気軽に持てる場になればと思う」。

映像資料を含めて語り伝える活動を続けている拠点は宮城県内では数少ない。クラウドファンデイングの目標達成を祈りたい。(了)
*クラウドファンデイングのURL https://readyforjp/projects/tsunami-memorial











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