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zoom RSS 8月10日 仙台市蒲生 迫る防潮堤〜「舟要の館 来年3・11に閉鎖」 鎮魂の場はどこに

<<   作成日時 : 2017/08/10 10:56  

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仙台市の蒲生干潟の近くに建つ観音さまと、「舟要の館(しゅうようのやかた)」。元住民で「蒲生のまちづくりを考える会」代表の笹谷由夫さん(71)が、津波で亡くなった二人の息子さんなどの「鎮魂の場」として自宅跡地に自力で建てた。今月5日に開かれた住民たちの会合で笹谷さんが「舟要の館は来年の3・11で看板を下ろし閉鎖します」と述べ、出席したメンバーを少なからず驚かせた。

710平方メートルの敷地は宮城県が七北田川左岸に建設する、高さ7,2メートルの防潮堤の予定地にすっぽり重なる。笹谷さんは立ち退かざるをえないとの意向をこれまでも明らかにしていたが、館の閉鎖時期を明言したのは初めてだったからだ。

東日本大震災で蒲生地区ではおよそ150人の住民が亡くなった。笹谷さんは当時20歳だった長男の舟一(しゅういち)さん、19歳の次男・要司(ようじ)さん、それに70歳の兄を亡くした。2014年12月、自宅跡地に観音像を建て、二人の息子を偲んで「舟要観音」と名付けた。
集会所もつくられ、鎮魂と元住民たちの活動の場となってきた。、
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2015年7月には集会所が不審火で焼ける不幸な出来事もあったが、前より広い「舟要の館」を再建した。
蒲生地区は災害危険区域に指定され住居の新築ができない。また仙台市は一帯を工場などを誘致する用地に作り変える区画整理を進めている。さらに去年の夏には防潮堤の工事も始まった。

笹谷さんは住民の声に耳を傾けない行政に抗議するとして、自宅跡地は売り渡さず、鎮魂の場を守ると主張してきた。去年の暮れ、土地収用手続きの一つとして開かれた公聴会でも、宮城県の説明に納得できないと述べてきた。

笹谷さんの心境が変わり始めたのはその前後だった。
もともとは息子たちや、亡くなった住民たちを偲ぶ場だったが、様々な住民の運動やイベントの舞台となり、そちらにエネルギーをそがれることも多かった。ここまで頑張ったので区切りをつけてもいいのでは。ただ、鎮魂の場は守りたい。こう思うようになったという。
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写真上:土地収用に向けた「事業認定」を告示する看板。下;「舟要の館」と、笹谷由夫さん。(8月5日、撮影)
先月24日、宮城県の担当者が訪れ、土地収用に向けた事業が認定されたことを伝えた。
その場で笹谷さんは「観音像の行き場所を探してほしい」と述べ、立ち退きの用意があることを初めて伝えた。今月1,2日には補償額算定のための立ち入り測量が行われた。
土地収用の手続きが動き始めた。このあと、年内にも収用委員会に裁決申請する。住民の反対で土地収用事業が適用されるのは、宮城県の復興事業では初のケースとなる。

これについて、宮城県の仙台土木事務所の担当者は「土地収用の手続きと平行して、任意の交渉も続ける」。こう話し、笹谷さんとの話し合いがつけば収用手続きは打ち切りとなると説明する。
さらに、代替地については「できるだけ海に近い場所という笹谷さんの希望も承知している。そのことも念頭に区画整理事業を担当する仙台市との仲立ちに務める」。こう述べ、鎮魂の場確保に留意していることを明らかにした。
笹谷さんは、「閉鎖の時期「を明らかにしたのは、収用手続きとは一切関係なく、あくまでも自主的な判断だと強調する。「来年は震災から7年目となる。ここである程度の区切りをつけたいと考えた」。

何としても鎮魂の場は確保したいという、ささやかな願いがかなうか。行政側の努力に期待したい。(了)

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