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zoom RSS 6月30日 名取市 「閖上らしい暮らしを取り戻したい」 戻り始めた住民たち

<<   作成日時 : 2017/06/30 23:31   >>

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広大な土地に高さ5メートルの盛り土をして造成が進む名取市閖上地区。中央団地と呼ばれる地区の一角に新しい住宅が完成し、宅建業者から引き渡しが行われた。愛島東部の仮設住宅団地の役員をやりながら、語り部活動を続けてきた長沼俊幸さん(54)の新居だ。真新しい白い壁がまぶしい。
周りには同じように自主j再建した住民がおよそ10世帯。いずれも、海岸近くで被災し、防災集団移転事業の枠内で再建した方々である。長沼さんは閖上6丁目、港に近い地区で被災した。家族は全員無事だった。50年住んだ閖上には愛着があった。しかし、大きな壁があった。
被災した当時の自宅は住み始めて8年。1600万円のローンが残っていた。被災した自宅跡地を売却しても1100万円残った。「二重ローンの救済策」に期待をかけた。しかし、長沼さんは水道工事の工務店を営んでいて、支援対象外とされた。手持ちの資金を手当てしたがローンは、最終的に300万円ほど残ったという。

新たに土地を買い求めるのは難しかった。土地は借地して、自宅を再建する以外選択肢はなかったという。新たに、自宅の再建の2100万円のローンを負うことになった。
折角の制度も、資格なしと判断されると支援はゼロ。自主再建をあきらめた人が結構多かった。「100かゼロ。選択肢のない復興行政。被災者の置かれた状況を無視したものだった」。
長沼さんはこう強調する。

苦労が詰まった新居だけに、引継ぎは心おどるものがあった。
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広いリビングは長沼俊幸さん、奥さんの美雪さんには納得できる作りだった。イスが苦手な長沼さんの発注で、座卓を置ける畳敷きのスペースが。テレビを真正面に配置するという。

最新式の玄関の鍵の使い方を、業者の方から教えてもらった。長沼さんがつぶやいた。「閖上に50年住んで、鍵をかける暮らしはしたことがなかった」。
2階の東側の部屋の窓を開けた。さわやかな風が吹き込んできた。思わず、二人から声が上がった。
「この風だよねえ。かすかに海の匂いもする」。

「閖上の人たちが再び一緒になり、閖上のかつての暮らしを取り戻す。それが”復興”だ。そうでなければ”復興”と呼ぶことはできない」。
長沼さんはこう強調した。娘さんを含め、一家3人は来月中旬引っ越し・入居する。

長沼さんの新居から、ほんの3分程度。戸建ての公営住宅に知り合いの姿があった。
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植松入生(うえまついりゅう)の仮設住宅団地の自治会長として頑張ってきた須田源三さん(78)である。閖上を中心に100世帯の被災者のまとめ役をしてきた。「最後の人が出ていくまで仮設で頑張る」と言っていたが、ほとんどの方の行先のめどがつき、今月10日に引っ越してきたという。
奥さんの慶子さんと暮らすには十分の広さ。6年近い仮設団地の暮らしは、薄い壁を通して隣の生活騒音がもろに聞えたが、それに比べると、新居は静か過ぎるくらいだという。狭いながら庭では花を育てられる。

「潮の香りのする風が閖上の魅力。何とかしてかつての人のつながりを取り戻したい」。須田さんはこう話した。

曲折の末、閖上の想定人口は2400人から2100人に減り、さらに1950人とついに2000人を割り込んだ。しかし、少なくなったとはいえふるさと・閖上の再生が住民の方々の願いだ。「閖上らしい暮らしを取り戻したい」。住民たちの模索が続く。(了)

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