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zoom RSS 5月21日 名取市閖上 広大な造成地にようやく住民の姿〜コミュニテイの形成が課題

<<   作成日時 : 2017/05/24 12:17   >>

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写真;三角屋根の住民は、もっとも早く今年2月に入居した。「買い物できる施設がないのが不便」と訴える。
およそ5メートルの盛り土をして住宅用地の造成がすすむ名取市閖上地区。様々な曲折を経て、居住する計画人口2100人を目標に工事が始まったのは2014年10月だった。震災から6年、造成地の東端に近い地区にようやく自宅を再建して住民が住み始めた。現在7世帯が生活を始めている。貞山堀より海側に住んでいて被災し、防災集団移転事業の枠内で自宅を再建した方々だ。

この4月、家族5人で新居に住み始めた70歳の男性はこう話す。
「閖上が好きだったからここに来ることは決めていた。ただ、わざわざ大規模なかさ上げは必要なかった。すぐにでも自宅を再建したかった。6年待った。ようやくという感じだ」。

一方これに先立って、32ヘクタールの閖上新市街地のうち、県道塩釜・亘理線より西側の地域は盛り土が1メートルのため、造成工事が早目に終わった。第一期の戸建て公営住宅が建設され、すでに72世帯が入居して暮らしている。
また、もっとも内陸側の佛文寺地区に住んでいた3世帯が自宅を再建しており、新市街地の”まちの姿”が少しづつ見え始めてきた。

この日、住民たちでつくる「閖上地区まちづくり協議会」の第3回総会が開かれた。閖上に戻って住もうという住民たちがつくったグループで、住民の立場から行政側にまちづくりの提案を続けてきた。
これまでは公営住宅や商業地域の配置や、地区内の道路をどう設計するかなどを提案してきた。、今回は、街区公園や小規模な公園=ポケットパークをどのようなものにするか、部会をつくって検討を重ねた結果を第6次提案
とすることを決めた。
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○街区公園は1000平方メートルあまりの広さで、5か所につくられる。住民が気軽に立ち寄れるようベンチや四阿(あずまや)、それに水飲み場、手洗い場を設ける。また、子どもたちが遊べるよう地域の状況に応じてブランコや鉄棒などの遊具を置く。
○ポケットパークは300〜500平方メートルほどの広さで、7か所つくられる予定。ベンチを置くほか、遊具類は地域の実情に応じて検討する。また、維持管理や清掃は周辺住民が担う。
こうした提案内容を協議会では今月末、名取市に提出することにしている。

気がかりな調査結果が報告された。
仙台高等専門学校の坂口大洋教授(建築デザイン)の研究室が、第一期の戸建て公営住宅の入居者を対象に行った「コミュニテイに関する実態調査」だ。
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写真上:西団地地区の戸建ての公営住宅。下:閖上1丁目で被災、昨年7月に入居した75歳の男性。「土いじりできる庭があるのがうれしい。近所付き合いはほとんどない」と話す。
この地区の名取川の堤防には江戸時代に仙台藩が植えた「あんどん松」という並木がある。かつて閖上港に入る舟の目印にされたのでこの名があるという。松は津波に耐えて残った。行政側はこの地区を「西団地地区」と呼ぶが、住民たちには「あんどん松地区」と言う方がとおりがいい。

調査は戸建ての公営住宅に入居した60世帯を対象に昨年10月から今年2月にかけて行われ、36世帯から回答が得られた。
結果は以下の通りだ。
○住民の年齢は60歳以上が78パーセント。高齢化が目立つ。
○閖上地区に住み始めたのは何時か?回答した34世帯のうち、「昭和30年代以前」が27世帯で79パーセントを占めた。
○この地区への入居を選んだ理由を尋ねた。「他地区の抽選に漏れた、もしくは経済的な理由」という回答が4割だったのに対して、「地元に帰りたい、戻りたい」が2割にとどまった。
○近所付き合いの頻度を尋ねた。「ほぼない」が56パーセント、「週に1日」が25パーセント。「週に4〜5日」や「ほぼ毎日」という回答はごく少数だった。

60年以上閖上に住んでいても、公営住宅に越すと「となり近所誰が住んでいるか分からないまま」暮らしている実態が明らかになった。
坂口教授は、同じ閖上地区といっても広い範囲からばらばらに入居しているため、顔見知りが少ない。さらに、通院や買い物を除けば外出目的がないことが原因ではないかと分析し、コミュニテイをどうつくっていくかが大きな課題だと話す。
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閖上の新市街地では、工事中の第一期の集合型の公営住宅4棟・140戸が間もなく完成し、7月には入居が始まる。このあとも、工事が完了した街区から随時入居が相次ぐ。計画人口、2100人の入居が完了するのは来年、2018年12月の予定だ。2年半かけて全員が入居し終わることになる。
南隣の岩沼市玉浦西地区の集団移転事業は、コミュニテイの形成がスムーズにすすんだとされる。人口規模が1000人で閖上より少ないのに加え、短時日で全住民の移転が完了した。また、被災した海岸沿いの6集落ごとに街割りを工夫して入居したことも大きい。

閖上地区の現地再建事業は、事業期間が長くなるなどコミュニテイ形成には困難な条件を背負うことになった。「閖上地区まちづくり協議会」の針生勉代表(54)はこう話す。
「公営住宅や公民館などのハードは時間がくれば完成する。しかし、コミュニテイは実際に住む私たちが主体的に取り組まなければできない。これからが正念場だと思う」。
住民たちの模索が続く。(了)

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