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zoom RSS 5月12日 仙台市  震災遺構・荒浜小に人の波 「残し、伝えること」の大切さ 

<<   作成日時 : 2017/05/13 10:44   >>

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津波が襲った午後3時55分で止まったままの時計。体育館にあった。校舎2階の海側のベランダの鉄柵はねじ曲がり、一部が流された。震災遺構に指定され、一般公開が始まって10日余の荒浜小学校に足を運んだ。ウイークデーだが多くの人が訪れていた。市営バスも先月からここまで乗り入れ、1時間に一本程度運行し始めた。
荒浜小学校は海岸から700メートル。大震災の津波は2階まで流れ込んだ。校舎は震災遺構として整備され、先月30日から一般公開されている。津波の被害の跡が残る1・2階の教室の一部が公開されている。また、4階では津波が襲来してから救出されるまでの27時間を証言でつづったビデオの上映や、荒浜地区の歴史を紹介するパネルや復元模型などが展示されている。

6年前の3月11日、4階建ての荒浜小学校は児童や教職員87人と、逃げ込んだ住民233人の命を守った。
多くの学校が地震の揺れがおさまったら、まず校庭に集まり、そのあと屋上などに避難する方式をとっている。荒浜小学校もそうだった。しかし、海岸に近いことや、住民の意見などを取り入れ、震災の前から直接屋上に避難する訓練に切り替えていた。
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写真下:「屋上に避難した人々」(3月11日午後4時すぎ、展示パネルから)。
17分のビデオ映像で、学校関係者や住民たちが当日の様子を証言する。
川村孝男校長(当時):『ハンドマイクで子どもたちに4階に逃げるよう呼びかけた。校内放送は使えなくなっていt。学校前を通る住民にも呼び掛けたが、なかなか聞いてもらえなかった』。
間もなく住民たちも集まり始めた。
当時の町内会長:『4階の教室を町内会ごとに割り振り、紙を回して班編成の名簿をつくった』。
校長:『1時間ほど経ったころ、消防車が「津波が押し寄せてきた」とふれて回っていた。子どもたちや住民たちをさらに屋上に避難させた。周りでは家や車が流されていく。この世のものと思えなかった』。

自衛隊のヘリコプターによる救助が始まったのが午後5時30分。夜を徹した作業で小学生の救助が終了したのが翌朝の5時。全員の救助が終わったのは翌日の午後6時30分だった。
91人の全児童のうち、保護者に引き渡した1人が死亡。2200人いた住民は190人余が亡くなった。

震災前の荒浜地区の街並みを復元した模型の前で、元住民の主婦・庄子智香子さんが説明に当たっていた。震災遺構のガイド役として採用された4人の嘱託職員の一員だ。
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庄子さんは荒浜の元住民たちでつくる「荒浜再生を願う会」のメンバーでもある。ふるさと・荒浜ににぎわいを取り戻すため、月1回「アラハマ・リボーン」というイベントを催すなどの活動を続けている。去年の12月には一日限定とはいえ、仙台市営バスが荒浜まで運行するなどの成果もあった。
そして荒浜小学校。一般公開以来の来訪者は大型連休の7日間だけで8000人を越えた。1700人が訪れた日もあった。このにぎわい、住民たちの地道な活動が道を開いたともいえる。
車のナンバーからみて、来訪者の半数以上が仙台市民とみられるという。
「仙台市に住んでいる人でも、これまで海岸部は立ち入り禁止だと思っていて、初めて荒浜地区に来たという人が多いのには驚いた」。庄子さんはこう言う。

九州や関西方面からの来訪者も目立つ。近い将来、南海トラフの震災が心配される地域だけに、熱心に質問を投げかけるという。
展示室の寄せ書き帖にはこうあった。
「今日みたものを子どもたちに伝えます」。「そなえることの大切さを三重でも伝えていきたい」。

震災被害をとどめる施設をめぐっては、「恐ろしい思い出につながるので見たくない」との声もある。過酷な体験をした人々の想いは理解できる。一方で、荒浜小学校の”にぎわい”は、震災の痕跡を「残し、伝えること」の大切さを改めて私たちに問いかけている。

午後になっても、訪れる人の波は絶えなかった。(了)

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