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zoom RSS 3月27日 被災地に生まれた震災文学 佐佐木邦子・「黒い水」を読む

<<   作成日時 : 2017/03/27 12:30   >>

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仙台在住の著者、佐佐木邦子さんは昨年9月、病に倒れ亡くなった。68歳だった。1985年に発表した「卵」は芥川賞候補作に選ばれた。その後仙台を拠点に執筆活動を続けていた。「黒い水」は2012年1月「仙台文学」79号に発表、その後単行本として出版された。以前から読みたいと思っていたが、先ごろ立ち寄った書店に1冊あったのを見つけた。
東日本大震災から1年足らずに書かれただけに、薄れかけつつある当時の空気感を呼び起こしてくれる作品だ。あらすじを追ってみる。

『語り手の麻実は県庁職員の夫、大学生と中学生の2人の子どもと仙台市で暮らす主婦。震災後は津波の被害を受けた古文書を修復する、文化財レスキューのボランテイア作業に時折参加していた。夫は津波で大きな被害を受けた、石巻市北上町十三浜(じゅうさんはま)の出身。といっても、親の代に親戚とのいさかいで仙台に移り住んだためふるさととの縁はほとんど切れていた。

そこに大震災。十三浜に暮らす夫の兄の子、小学校6年の祐介が家族がすべて亡くなり”震災遺児”になったことを知り引き取った。家族みんなが快く受け入れた。麻実もやさしく接していたが、祐介はなかなか心を開かなかった。事件はある朝のこと。
祐介が自転車に乗ってどこかに姿を消した。前夜、「携帯が欲しい」とねだられたのに対して、「小学生にはまだ早い」といさかいになり思わず手を挙げたのがきっかけだった。義兄である中学生の携帯を手に家を出ていた。十三浜へ帰ったのだろうと何度も足を運んだが行方はつかめない。携帯にかけても もすぐ切られた。

祐介が学校で喧嘩をしていたことを知る。相手は福島からの転校生。「ゲンパツキン」などとはやされていた。先生が止めにはいるほどの殴り合いになったという。
手がかりがつかめないまま、携帯電話が落とし物で交番に届いた。通話履歴を頼りにかけたところ仙台市内の、喧嘩相手の家につながった。先方の母親はパート勤めでほとんど家を空けている。アパートを訪ねた。幼い妹が言うには「おにいちゃんたちはおうちにいる」。案内されて目にしたのは。

資材置き場の広場に、ビニールシートを屋根替わりにした”おうち”だった。二人の少年とやってきた妹、3人がことばもなく”おうち”に腰をおろしていた。
じっと見つめる麻実には虫の音が波の音に聞こえた。風に揺れるセイタカアワダチソウの群れは迫ってくる黒い水のようだった。』

共に被災した子ども同士が殴り合いすることに胸が痛んだ。福島で少年は牛の世話をしていた。飼い主がいなくなりおなかをすかせた牛がふらふら歩いているのをニュースで見てから、口をきかなくなったと明かされる。少年も深い傷を負っていたのだ。
祐介は相手には両親がそろっていることにカッとしたのだろうか。麻実はそう思う。

その二人が支えあっている姿は感動的だった。震災から半年程度。がれきの片づけがようやく軌道にのり始めた頃だった。まちの再生は?暮らしはどうやって立て直す?まだ五里霧中の頃だった。
著者、佐佐木邦子さんは地域の未来は子どもたちの肩にかかること。とりわけ、大きな苦難を通り抜けてきた子どもたちにこそ、希望の光があることを見抜いていた。

「黒い水」は被災地に住む者にして書きえた震災文学だ。先日、作品の舞台の十三浜に足を運んだ。
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写真上;十三浜の一つ相川浜(2017年3月23日撮影)。下;追波(おっぱ)地区の丸山地蔵。
追波湾(おっぱ)沿いと北上川河口付近には13の集落が点在し、江戸期から十三浜と呼ばれてきた。外洋に面したこの地区は荒波にもまれて育つ良質のワカメやコンブの産地として知られてきた。浜は軒並み津波で壊滅的な被害を受けた。震災後浜の一つからは住民の姿が消えたという。地元の住民は「これじゃ十三浜と呼べない」と苦笑していた。

十三浜の一つ、追波地区。防潮堤工事などのダンプカーが走る道路沿いにお地蔵さんがたっていた。津波に耐えて流されずに残った丸山地蔵だ。寛政年間(1790年代)に土地の有力者が飢饉の犠牲者を供養するため建てた。80世帯が住んでいたこの地区では、ようやく高台への移転が本格的に始まったが住民は半分に減る見通しだという。
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震災から7年目に入った。被災地では巨大な防潮堤と、高台移転などの土木工事は一定程度進んだ。しかし、震災に奪われたふるさとをどう再生するか、人々のつながり=コミュニテイをどう紡ぎ直すかはまだまだこれからだ。

第1号以来私も執筆しているフリーペーパー・HOTORIの最新号をこのほど発行した。海辺の暮らしを大切にしたいというのが誌名の由来だ。通算で8号の総合タイトルを「心の復興 現在進行形」と付けた。
佐佐木邦子さんがご存命だったら、この現実をどう書くだろうかと思う。惜しまれる。改めてご冥福をお祈りします。(了)
*「黒い水」;中央公論事業出版、2015年2月20日発行。

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