震災日誌 in 仙台  

アクセスカウンタ

zoom RSS 1月19日 仙台市蒲生  ”現地再建は被災者支援の対象外”  住民たち”差別だ”と反発

<<   作成日時 : 2017/01/20 12:40   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 4 / トラックバック 0 / コメント 0

画像
仙台市蒲生地区は災害危険区域に指定されている。ここに自宅を修復して住んでいる住民たちが、仙台市役所で都市整備局の担当者と話し合いの場をもった。津波被災者には国などから最大300万円の支援が支給されているが、仙台市では今年度新たに被災世帯に20万円を支給する「津波被災者再建支援金制度」を設けた。ところが、移転せずに現地で生活を再建している世帯は対象にならないとして住民たちが見直しを求めていた。

席上、仙台市の担当者はこう答えた。
○制度設計の趣旨は災害危険区域から移転し、安全な住まいを確保しようとする方を支援するものだ。
○危険区域に住むことは可能であるが、安全な住まいの確保問観点から推奨できない。
こう述べ、支援の対象を変える考えはないと突っぱねた。
画像
さらに住民たちはこう迫った。
○行政側は当初、現地で住んでいいと説明していた。自宅の修復を始めたあとに災害危険区域に指定した。その責任をどう考えるのか。
○企業誘致しやすい業務用地を生み出す区画整理事業は行政側の都合で始められた。私たちは何の不自由もなく暮らしておリ、こちらから望んだわけではない。

行政側は、住民への説明を尽くしてきた。今住んでいる住民のために道路や宅地の設計で配慮している。こう答えるにとどまった。
画像
画像
申し入れを行った住民の一人、個人タクシー運転手の山田昌已さん(73)は蒲生西原地区に奥さんと一緒に住む。
自宅は3メートルの津波に襲われ、一階部分は厚さ40センチほどのヘドロや砂に覆われた。見なし仮設住宅から通ってこつこつと修復を続けたという。老後のことを考えると新たにローンを組むことは難しく、この場に住むことを選んだ。資材を含めて400万円ほどかかったという。震災の翌年、2012年暮から住み始めた。

震災直後から行われた説明会で、「残る人は残っていい」と言われた。当初から災害危険区域にすると説明があれば現地再建を選択しなかったという。
1年後には区画整理事業が始まった。かつての生活道路は各所で工事のため通行止め。山田さんの周辺では3世帯が住む。かつては幹線道路から自宅まで道路1本だったが、今は迷路のよう。

蒲生地区には戸建てで10世帯、アパート住まいで10数世帯が住むが、住民たちへの行政サービスは低下したままだ。
画像
宮城県内の他の自治体でも同じように、災害危険区域で住み続けている住民がいる。独自の被災者支援制度の支給対象を、こうした現地再建の住民も含めている自治体もある。

住民側からはこんな声があがった。
「私たちは20万円が欲しい訳ではない。仙台市の復興行政は差別を持ちこむものだと疑わざるをえないからだ」。
「災害危険区域というけれど住んでいる私たちにはふるさとなのだ。それをあたかも出ていけというような仕打ちは納得できない」。
行政の担当者にどう響いただろうか。
一人も置き去りにせず、被災者の生活再建を等しく支援するのが復興行政のはずだ。あえて、除外例を設けたと言わざるをえない、仙台市の制度設計の考えは不可解だ。(了)

月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 4
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
1月19日 仙台市蒲生  ”現地再建は被災者支援の対象外”  住民たち”差別だ”と反発 震災日誌 in 仙台  /BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる