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zoom RSS 12月11日 仙台市荒浜 ”海辺のふるさとに路線バス” 5年9か月ぶり 一便限定ながら復活

<<   作成日時 : 2016/12/12 13:52   >>

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災害危険区域に指定され、住宅が姿を消した荒浜地区。仙台駅発、午前9時の仙台市営バスが一時間かけて到着した。路線バスの運行は大震災以来5年9か月ぶり。元住民や、若者たちが歓迎の横断幕を掲げて出迎えた。行先表示は「深沼海岸」。終点で降り立ったおよそ60人がバスを背に記念写真を撮り、一便限定ながらバスの復活を喜び合った。
海辺のふるさとに賑わいを取り戻したい。元住民たちでつくる「荒浜再生を願う会」では、毎月1回”ARAHAMA REBORN(アラハマ・リボーン)”の活動を続けている。この日は被災地を訪ねる活動をしている「3・11オモイデツアー」がイベントに協力。仙台市営バスの貸し切り制度でバスの運行にこぎつけた。

なによりバスの復活運行を後押ししたのは、利府町在住の美術制作者、佐竹真紀子さん(25)のユニークな美術作品だ。第一号の作品がバスの終点に置かれたバス停「深沼」。「偽・仙台市交通局」とある。
決していたずらではない。
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震災前、仙台駅と深沼海岸間には1時間に1〜2本のバスが走っていた。夏の海水浴シーズンには臨時バスがひっきりなしに家族連れを運んできた。ところが、震災後この路線のバスは1キロほど内陸の「南長沼」が仮の終点となった。佐竹さんは荒浜に来るときは、「南長沼」でバスを降り1キロの道のりを歩いて通った。
旧荒浜小学校の建物を除けば住宅の姿はないが、ここには人々の暮らしがあった。今と昔をつなぐオブジェ(もの)としてバス停を制作することを思い立った。荒浜に設置した作品は10か所になった。

このユニークな発想で生まれた作品がバスの復活運行につながった。
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写真上;佐竹真紀子さん。下;貴田喜一さんが再建した「里海荒浜ロッジ」。
バスを降り立った佐竹さんは笑顔でこう話した。
「はじめはこっそり置いたバス停だったが、こんな形でバス運行が実現し夢のよう。何より多くの方々と一緒に荒浜へ来ることができたのがうれしい。バス運行は一回かぎりだが、この非日常が日常になればと願っている」。

3日に1回はマイカーで荒浜に来るという元住民の佐藤豊さん(79)もこう話す。
「元のバス停を通過するたびに、普段は思い出さないかつての暮らしの記憶が頭に浮かんできた。”ああ、ここには老人ホームがあったなあ”とか、”あそこの松林ではキノコを採った”といった思い出が。バスに乗るだけで、かつての暮らしがこんなに身近かに感じられるとは思いもよらなかった」。
バスで訪れた参加者たちは海岸清掃をしたあと、手作りの雑煮や、荒浜名物となった石窯焼きのピザをほうばったりした。時折小雪の舞う肌寒い天候だったが、海辺のふるさと・荒浜には夕方まで人々の歓声が響いていた。

この日、主役の一人の姿がなかった。「荒浜再生を願う会」代表の貴田喜一さん(71)だ。この8日、体調を崩して入院した。幸い快方に向かっているという。
貴田さんが建て、住民たちの拠点だった「里海荒浜ロッジ」は去年の10月、放火で全勝した。貴田さんは再建を決意しこつこつと工事をすすめてきたが、ロッジは完成し完工検査も受けた。車イスでも入れるよう入り口にはスロープをつくった。
この日、落成記念を合わせて行う予定だったが先送りとなった。
昨日、貴田さんがフェイス・ブックで「バスツアーを楽しみにしていたのに残念」と、メッセージを寄せた。「まず、体調を回復するのが先決」などと、多くの人がコメントを寄せた。
ご快癒を心からお祈りします。(了)

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