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zoom RSS 3月12日 山元町 ”行政は人の心まで流した!”〜かさ上げ道路のルート変更求め、住民たちが会を結成〜

<<   作成日時 : 2016/03/13 09:39   >>

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山元町のイチゴ・ハウスの作業場に住民たち8人が顔をそろえ、グループの結成を確認し、今後の活動のすすめ方などを話し合った。山元町は7,2メートルの防潮堤に加え、海岸から1キロメートルほどのところを南北に走る県道を4〜5メートルかさ上げして内陸へ津波が進入するのを防ぐ第二線堤とする計画だ。計画では現在の県道亘理・相馬線をおよそ500メートル内陸側に付け替え、元のJR常磐線に合流させた上でかさ上げする。
かさ上げ道路の海側は第1種危険区域に指定し、住宅の建設を禁止した。ところが、笠野地区では15世帯の住民が流されずに残った自宅をリフォームして生活を続けている。計画通りだと住民たちはかさ上げ道路の外側に取り残されることになる。
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写真上;笠野地区では15世帯が暮らしている。リフォームには700〜1500万円かかったという。下:グループの代表となったイチゴ農家の岩佐隆彦さんと自宅。
住民たちは3年前かさ上げ道路のルート変更を求める請願を、署名簿をそえて町議会に提出した。しかし、議会は住民の安全策を講じるよう決議したものの、請願を不採択とした。

「震災後町に問い合わせたところ、自宅をリフォームして住んでいいと言われた。県道を内陸に付け替えるのは現に暮らしている私たちを無視したものだ」。
「住民に充分な説明や相談もないまま計画が発表された。寝耳に水だ」。
「ルート変更などを求めても、”県道は宮城県の事業なので答えられない”と町は責任逃れをする」。
住民たちからは行政に対する不信の声が相次いだ。
住民たちは会を結成して、改めてルート変更や住民の安全対策の実施を行政側に働きかけていくことを申し合わせた。会の名称は決まらなかったが。代表にイチゴ農家の岩佐隆彦さん(59)を選んだ。

岩佐さんは震災後2年ほど、大和町(たいわちょう)で、知り合いの農地を借りてイチゴ栽培を続けた。しかし、生まれ育った土地に戻りたくて、1500万円かけて家をリフォームし家族4人で暮らしている。

会合には旧山下駅近くの花釜地区に住み、県道の付け替えで変更するルートにかかる4世帯も加わって、一緒に活動をする予定だ。計画通りだとかさ上げ工事に伴って、立ち退きを迫られるが、地価は震災前の3分の1以下に下がっているという。充分な補償を受けられないばかりか、土地を買収した際にはこれまで支給した町の支援金を差し引くと説明されているという。
花釜地区の代表となった高橋誠一さん(69)はこう話す。
「環境がよく星空がきれいなこの地が気に入って、18年前に仙台から移り住んだ。ところが、充分な説明もないまま県道の付け替えで立ち退きが迫られる。とうてい納得できない」。

山元町の復興行政は”コンパクトシテイ”が旗印。JR常磐線を内陸部に付け替えた上、新市街地を3か所に整備し住民を誘導しようというものだ。しかし、新山下駅周辺の移転用地は希望者が集まらず50区画余が空き地のまま。震災前1万6000人を数えた町の人口も4400人、26パーセントも減った。
人口流失に歯止めはかからない。住民の合意が不十分なまま行政主導で進められてきた、山元町のいびつな”復興行政”がこうした事態を招いたと考える町民は少なくない。

住民グループの代表になった岩佐隆彦さんがこう話した。
『津波は自然災害であきらめもつく。しかし、山元町の”復興行政”は人の心も押し流してしまった』。(了)

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